第36話毒マムシの調査

 新生ボロン冒険者ギルドの受付業務も順調になってきたある日。

 強制調査のメスが入る。


「ほほう? あなたのような若い女性の方が経営者でしたか……これは噂通り何かホコリが出てくるかもしれませんね」


 調査にやって来たのは、公正取引委員会の筆頭調査官“ケンジー=ヒニリスという四十代の男。

 しつこい調査スタイルから《毒マムシ》と異名で、各ギルドに恐れられている辣腕の調査員だった。


「ヒニリス調査官、本日はお忙しいところありがとうございます。こちらの応接テーブルにどうぞ。オーナーが対応いたします」


 だがオレは丁寧に対応。ヒニリス調査官をカウンター向こうの応接場所に案内する。

 今回のような調査では、対応するのは経営者。オレではなく、オーナーのマリーが対応するのだ。


 ざわざわ……ざわざわ……


 ギルド内の空気が一変する。ちょうど居合わせた冒険者たちが、ザワついているのだ。


 ボロン冒険者ギルドには個室型の応接室はなく、応接テーブルはオープン型。

 そのため冒険者は掲示板の依頼を探すフリをしながら、応接テーブルの方をチラチラ見てくる。

 雰囲気的に誰もが《毒マムシ》ヒニリスのことが気になるのだろう。


「ふむ。相変わらず冒険者風情はこれだから……さて、それでは調査を始めます。よろしいですか、マリーさん?」


「ひっ⁉ は、はい、あまり大丈夫じゃないけど、お手柔らかによろしくお願いいたします……」


 応接テーブルに調査員ヒニリスと、経営者マリーが向かい合って座り合う。オレはマリーの後ろで別の仕事をしながら、様子を伺う。


 これからヒニリス調査官は個人面談を行いながら、ギルドの調査をしていくのだろう。


「まずは手始めに、帳簿を一式見せてもらいますか?」


「は、はい! これがウチの帳簿の全部です!」


 今日の午前中にまとめておいた経営帳簿を、マリーは差し出す。

《王国公正取引委員会》はその名の通り国家機関であり、所属する調査官は王都のあらゆる事業所の調査を行う権利を持つ。


 そのため正式な調査官には、全ての経営帳簿を見せる義務がある。万が一に拒否したり偽造した場合は、王国憲兵に逮捕されてしまうのだ。


「ふむ……ふむ……」


 ヒニリス調査官はパラパラと帳簿を確認していく。かなり早いペースでめくっているが、その目つきは鋭い。

 おそらくは速読術を会得して、早いペースでも帳簿内容を確認できるのだろう。


「ふむ……今のところ帳簿はちゃんと書かれていますね、マリーさん」


「は、はい、ありがとうございます! 恐縮です!」


 マリーはかなり緊張しているのだろう。肩に力が入り、声も裏返るほど甲高い。


「ほほう、なるほどです。先代のボロン……あなたの祖父にあたる方が以前は経営して、今は後を継いでいるのですね」


「は、はい、そうです!」


 ヒニリス調査官が調べているのは、ボロン冒険者ギルドの過去から最近に至るまでの経営帳簿。

 今はちょうど経営者が、マリーに移行された時の帳簿を調べているのだろう。


「ふむ。祖父ボロンさんが経営していた時は薄利多売で、利益は少ないですが、このギルドはかなり繁盛していたようですね、帳簿的には」


 ヒニリスはかなり優れた調査官なのだろう。数種類の帳簿を比べて見ただけで、当時の経営状況を把握する。

 かなり頭の回転が速く、優れた人物なのだろう。さすがはエリートである筆頭調査員の肩書があるだけある。


「あ、ありがとうございます! 祖父が元気な頃のウチは、本当に繁盛していました! あまり裕福ではなかったですが、本当に楽しい日々でした!」


 ヒニリス調査官にボロン冒険者ギルドのことを褒められて、マリーの緊張が解けていく。先ほどまで真っ白だった顔色にも、段々と顔色が良くなっていく。


「なるほど、たしかに先代の時は……つい先日までは、ボロン冒険者ギルドは特に問題はありません」


「えっ、本当ですか⁉ ふう……良かったです……」


「ですが、それは『つい先日』までです。ここ最近……厳密にいえば『ここ一ヶ月内』のボロン冒険者ギルドの経営状態は、明らかに不自然すぎます」


「えっ……『不自然』……ですか?」


「はい、そうです。こんな極端な帳簿は見たことがありません。残念ながら、こちらではボロン冒険者ギルドでは『不正な経営』が行われている可能性が高いです」


「えっ……そ、そ、そんな⁉」


 回復したマリーの顔色が一気に急変する。『不正な経営が行われている可能性が高い』と聞いて、全身から血の気が引いていく。


「では、『不正な経営』の可能性が高い理由を、指摘していきます」


 こうして《毒マムシ》ヒニリスと恐れられている辣腕の調査員によって、マリーは窮地に追い込まれていくのであった。

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