第19話新しい場所へ

 新しい依頼を受注したいと思っていた時、誰かがギルドに入ってくる。


「ふん。ここに来るのは久しぶりだけど、随分と雰囲気が変わったわね?」


 やってきたのは高そうなローブを着た年配の女性、薬師のハヤギンさんだった。


「こんにちは、ハヤギンさん。今日はどうしたんですか?」


「あんたの新しい職場を、見にきたのさ、フィン。あと、これは挨拶かわりの依頼さ」


 ハヤギンさんが手渡してきたのは、十枚の依頼書。初級向けから上級者向けまで、多種多様にわたる薬の素材収集の依頼。

 ちょうど依頼が欲しかったから、ナイスタイミングだ。


「こんなに沢山。前職に引き続き、ありがとうございます」


 ハヤギンさんは前の職場でも、色んな依頼をオレに発注してくれた。名義はすべて“ハヤギン”個人名で、今回も同じだ。

 実際のところ、この人はどこで薬師屋を営業している不明。


 だが依頼人のプライベートを詮索しないのが、職員としてのオレのマナー。オレは黙って依頼書を受け取ることにした。


 オレとの仕事の話が終わり、ハヤギンは何やらギルドの中を懐かしそうに見て回る。そんな彼女に受付のレオンが声をかける。


「もしかして、ハヤギンおばちゃま……ですか? ボクは祖父が昔ここでお世話になった、孫のレオンです。覚えていますか?」


「ん⁉ おお……あんた、あのレオン坊や、だったのかい⁉ 昔は、こんなに小さな男の子だったのに、立派に成長して⁉」


 どうやら二人は顔見知りだったようだ。

 ギルドに入ってきた時のハヤギンの雰囲気では、過去にボロン冒険者ギルドを訪れたことがあるのだろう。


「あんまりにも立派になったら、気がつかなかったよ、レオン坊! 今はいくつになったんだい?」


 丁寧に挨拶をしたレオンに、ハヤギンは笑顔で近寄っていく。


「覚えてくれていて、嬉しいです! ボクは今年で十歳になりました。今日から姉の手伝いとして、ここで働き始めました!」


「おお、そうだったのかい。十歳でギルド職員とは、本当に偉いね……姉の手伝い、ということは、そっちの嬢ちゃんはマリーかい?」


「あっ、はい。ご無沙汰しています、ハヤギンさん」


 マリーも挨拶をする。だが純粋に感動して挨拶したレオンとは違い、彼女はかなり緊張していた。


「はっはっは……そんなビクビクしなくても大丈夫さ。別に取って食おうとは、思ってないよ、あたしゃ!」


「うっ……は、はい」


 二人の雰囲気から昔からヤハギンのことが、マリー少し苦手なのかもしれない。何しろハヤギンは頑固で厳しい性格。

 きっとマリーは幼い時に、ヤハギンに叱られた怖い記憶があるのだろう。


「それにしても、ボロンが倒れた時は、ここは閉めるしかないと思っていたけど……本当に、よく再開したもんだね、あんたたち姉弟は」


「ありがとうございます、ハヤギンおばちゃま。実はお姉ちゃん、自分から名乗り出て、再会のしたんですよ!」


「おお、そうだったんかい」


 ハヤギンは銀髪の姉弟とプライベートな話をする。療養中の祖父ボロンの容態や、生活のことなど親身になって聞いていた。

 そして話は先日の、オレが勤務した内容に移る。


「ふむ、なるほどね。それで困っていたこのギルドを、あんたが助けている最中、ということか、フィン?」


「まぁ、そうですね。求職中だったオレも助けてもらいましたが」


「相変わらずお人よしというか、“凄すぎる才能の謙虚使い”というか、フィンらしいわね、あんたは」


「おそれいます」


 以前からハヤギンはオレのことを、やけに高く評価してくる。

 だがオレは一介の冒険者ギルドの職員。今回も謙虚に対応する。


「それじゃ、フィン。その依頼は頼んだよ。無くなりそうなタイミングで、また遊びにくるよ」


 そう言い放ち、ハヤギンは立ち去っていく。

 ギルドの外には護衛らしきお供がいた。普通の薬師には護衛を雇う金はない。


 相変わらず謎な女性だが、仕事を受注できたのはありがたい。感謝の気持ちで見送る。


「凄いですね、フィンさん。早くも十件の依頼を受けるなんて! しかも、あのハヤギンさんの顧客だったなんて!」


「たまたまだ。人の縁に感謝、ということだ」


 興奮するレオンに説明をする。

 手数料を収入源にする冒険者ギルドを経営していくうえで、一番大事なのは人の縁だと。色んな依頼人と冒険を繋ぐことで、ギルドの運営は成り立っているのだ。


「なるほど、たしかに。勉強になります!」


 勤勉なレオンは、さっそくメモをしている。まだ人の縁が足りない自分を、必死で改善しようとしていた。


「ふう……昔から緊張するのよね、あの大物おばちゃんは……私に怒る時だけ、やけに怖かったし」


 一方でハヤギンが立ち去り、マリーは深く息を吐き出している。オレの推測通り、幼い時にここで叱られたのだ。

 それにしても『あの大物おばちゃん』とは、どういう意味だろう。もしかしたらヤハギンの正体を知っているのかもしれない。


(ん?)


 そんな時だった。ギルドにまた誰かがやってくる。


「おお! いたな、フィン! さっそく仕事をもってきたぞ!」


 地鳴りのような大声と共に、やってきたのは巨漢の男性。筋肉隆々で熊のような強面の戦士ゼノスだ。


「仕事ということは、もしかして“公共依頼”ですか?」


 ゼノスは協会の副理事長。昨日の約束を、早くも果たしにきたのだろうか。


「ああ、そうだ。だが今回の依頼人はすこし厄介だ。どうする、受けるか?」


「はい、もちろん。ありがたくちょうだいします」


 今のボロン冒険者ギルドには、一つでも多くの依頼が必要。たとえ相手が厄介な依頼人でも、仕事を選んでいる立場ではないのだ。


「ガッハッハ……! 相変わらず豪胆だな。それじゃとフィンと……そこの嬢ちゃんも、ついてこい!」


「えっ、わ、わたしも、行くんですか⁉」


 ゼノスが指差したのはオーナーのマリー。

 基本的に公共依頼では初仕事の時、発注する前に簡単な面接審査を行う。そのためオーナーとマリーも同行必要があるのだ。


 さっそく留守番をレオンに任せて、オレたち三人はギルドを後にする。


「さて、最外周区画に行くぞ!」


「えっ? 最外周区画の公共依頼って、相手はまさか……?」


 マリーは何かに気がつく。

 王都は何層にも区画が分かれており、中央に向かうほど貴族や騎士など、身分が高い者が住んでいる。

 一方で一番外側の“最外周区画”は貧民街スラムしており、普通の公共的な組織はない。


“ある特殊なギルド組織”しか、最外周区画にはないのだ。


「そうですね、オーナー。今回の依頼人は、盗賊ギルドでしょう」


「えっ、盗賊ギルドが依頼人……なの⁉」


 こうして協会の副理事長ゼノスに強引に連れられて、オレたちは最も治安が悪い貧民街スラムへ向かうのであった。


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