第2話 妹、七菜香からのお願い
——妹。
妹がいない人達は、妹と聞けばどんなことを想像するだろうか?
尽くしてくれる妹?
兄が大好きな妹?
などなど、妄想が膨らむことだろう。
さて、ここで残念なお知らせだ。
想像や妄想を膨らましても、こんな無意味である。
何故なら、現実とは夢がなく悲しいものだから……。
まず『尽くしてくれる妹』なんていない。
いるなら、精々搾取してくるぐらいだ。
わがままで傲慢で、女っていう部分を武器にしてくる。
そもそも“兄に尽くす”って……何を? って感じだ。
『兄が大好きな妹』っていうのも語弊がある。
普通に家族として親愛なら良いが、真愛なら笑えない。
もしそんな話が出たら、病院に行くことをお勧めする。
さて、話は逸れてしまったが……。
まぁ、これはあくまで俺の持論であり、中には「そんなことねぇよ! めっちゃ妹は甘えてくるよ!」と意見があるかもしれない。
その時は、是非とも実例を見せて欲しいものである。
とにかく、妹は——
「兄さん。いい加減食べて下さい。食器がいつまでも片付きません」
「……すまん」
「わかったならいいです」
俺は言われた通り、オヤツで作ったホットケーキを口に入れた。
やや辛辣な態度をみせた存在を横目で見る。
目が合うと、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
可愛げがないなぁ、ほんと……。
透き通るような白い肌。目鼻のバランスも非常に整っている。
艶やかな黒い髪は、見るからに清楚で近づき難い印象を抱かせた。
控えめに言っても絶世の美少女とも言えだろう。
これが俺の妹——
ほんと、見た目だけは兄というフィルター抜きにしても美人と言えるよなぁ。
性格は……少々……いや、だいぶきついけど。
まぁ、俺に対してだけね。
「それと、澄まし顔で物思いにふけるのは食事中はやめて下さい。見ていて寒気が……さむっ」
「そこまでいうか!? ってか、さっき状況に合わせてあげた功労者に失礼だろ!!」
「それならもっとマシな演技をして欲しいものですね。功労者って言いますが、あの時は顔が引きつってましたよ?」
「そりゃあ実の妹に『かずくん』なんて言われたら動揺もするわ! 普通にビビるだろうがッ!!」
「アドリブに弱いですね。これでは、いざ初彼女が出来た時に目も当てられない状況になるんじゃないですか?」
「おいおい。初彼女って……俺にだって今まで彼女の一人や二人——」
「パソコンの検索履歴が『初めてのデートでどこまでいける?』とか『彼女が出来た時に気をつけるエチケット』と、なってましたけど?」
「何で検索履歴を見てんの!?!? しかも、身内に絶対見られたくない奴!」
「あ、でもシークレットフォルダは見てませんよ。見たくもないものがありそうなので」
「……うん。その気遣いはありがと」
妹のいらない気遣いに俺は涙した。
ってか、最初から見ないでくれと言いたい。
――閑話休題。
「んで、どうしたんだよ。男が苦手なのに、わざわざ学校まで来て」
俺は気を取り直すようにわざとらしく咳払いをしてから、妹の顔を見た。七菜香はお皿を片付ける手を止め、それから気まずそうに口を開く。
「少々……その、学校でトラブルがあったんです。主に……色恋沙汰で」
「……うん?」
歯切れの悪い言い方に俺は首を傾げた。
まず、妹の七菜香の通う学校は女子校だ。
私立のトップ校で、お嬢様学校とか言われる部類の……。
だから、男子とのいざこざは無縁だと思うんだけど?
そもそも、七菜香が共学を選ばなかったのは、男子に絡まれるのがうんざりでという理由で、自分から男子がうようよといる共学に近づこうとしない。
それなのにあんな目立つ時間と位置に来てしまえば、最悪である。
「あの行動だと、せっかく女子校選んだのが意味なくない? また男子に囲まれるぞ」
「ゔっ。それは……学校外で声掛けられることがあるので想定はしています。ですが、それだけではなくて」
「それだけじゃない?」
「あ、あのですね。女子校は女子校で問題があるんですよ。ほら、私って割と背が高いじゃないですか。細身で自分で言うのも変な話ですが……」
「たしかに、そうだな」
「それから……も、モデルみたいで……」
「あー……なるほど」
俺は七菜香をじっと見つめる。
確かに前にスカウトされたことがあったもんな。
全体的に細くて肉つきは良くないし……。
あー、栄養が身長に吸われたのか。
そんなことを考えていると、七菜香がジト目でこっちを見ていた。
「兄さん?」
「七菜香はモデル体型だよなー。全体的にすらっとしてて」
「……どこを見ましたか?」
「いや、別に?」
「では今、頭に思い浮かべていることを答えてください」
「グランドキャニオン?」
「なるほど、それは素晴らしい断崖絶壁ですね」
「だろー?」
「ちょっと、
「ぐふっ!? 首を絞めるな! 肋骨が当たって痛い!!」
「いっぺん死んでください」
俺は絞めつけてくる七菜香の腕をタップする。
七菜香は俺の顔色を伺い、本当にキツそうになるタイミングで離してきた。
「……身体的特徴を揶揄するのは、モテない男性がすることですよ」
「わ、悪かったって」
「次は三枚おろしですから」
「視線が下を見ていることは、突っ込まないからな……!」
手をチョキチョキ動かすなよ。
冗談に見えないからさ……。
俺は嘆息し、肩を落とした。
「それで、大層モテる七菜香は学校で女子校で何があったんだ? 女子校の前に出待ちでもあるとか??」
「いえ、それは警備員さんによって問題はないのですが……その女の子がですね」
「女の子??」
「女子校に行ったら、今度は女子にモテるように……その、カッコイイとかで……」
「…………」
開いた口が塞がらない。
つまりはあれか……?
男がいなければ女にモテるってことか?
中学の時は男子に言い寄られて、高校に行ったら女子に言い寄られる。
なんとも面倒な性質だなぁ。
「このモテ成分が少しでも兄さんにあげれたらよかったのに……ぐすん」
「……口が笑ってるぞ、おい」
「ふふ、すいません。まぁそれで私、思ったんですよ。この状況を解決するのには彼氏がいればいいって」
「じゃあ、普通に付き合えばいいじゃないか」
「え、嫌ですよ。男なんてみんな
「すげぇ偏見だな、おい」
男には下の方にも脳みそが付いているとは言うが……。
全てはそうじゃないからな?
「付き合いたくはない。でも、この問題を解決しないといけない。そして、私には丁度、彼女がいないモテない兄さんがいます。そうなれば、やることは一つです。兄さんが私の彼氏役をやれば万事解決ということです」
「なるほどなぁ。色々と物申したいところだけど……理解はしたよ。でも、だからと言って俺を彼氏に仕立て上げるのは安直じゃないかな。普通にバレる可能性の方が高いよ」
「え、えーっと……それは……」
「おい、七菜香。お前、もしかして……」
煮え切らない七菜香の態度に、俺は物凄く嫌な予感を感じた。
「ごめんなさい、兄さん! 実はしつこい人から逃げるために『私には彼氏がいます。今からデートですので』と言ってしまったんです……。それで証拠を見せてとかで……」
「おー……がってむ……」
なんとも頭が痛い。
つまり七菜香は、女子に迫られて嘘をつき、バレないように兄を使ったということか。
家のことを話すタイプでもないし、他に頼れる男性がいなかったから、そう嘘をつくしかなかったのだろう。
俺はため息をつき、七菜香に視線を移す。
すると七菜香は、俺の腕を掴み上目遣いで見てきた。
「だからお願いです、兄さん。私を助けてください。熱りが冷めるまででいいですから……」
くそ、普段は強気なのにこんな潤んだ瞳を向けやがって……。
これは卑怯だろ……?
どんなに生意気でも、普段どんなに舐めた態度をとられていたとしても—— 妹に頼られれば力になりたくなるのが兄ってもんだ。
「……わかった。既に走り始めてるみたいだし、その嘘に付き合ってやるよ」
「ありがとうございます……兄さん」
七菜香は「よかった」と、ほっとした様子を見せる。
それから、嬉しそうに微笑んだ。
はぁ、つくづく兄は損な存在だよ。
妹の喜ぶ姿を見ると、嬉しくなってしまうんだから。
——こうして俺は妹の彼氏のフリを務めることになった。
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