第28話 クールな子が積極的になると可愛い


「一輝、私も一緒に行っていい?」


「それは——」



 俺は七菜香の顔をチラリと見る。

 妹は余裕の笑みを浮かべていて、俺に人差し指をビシっと向けて来た。



「ま、さ、かですが……かずくん? 私のいないところで口説いてたってことはないですよね??」


「ねぇよ。ってか、そんな時間どこにもなかっただろ」


「ふーん」



 蔑むような目を向けてくる妹。

 それを見たワンコロが「たまらねぇ〜」と、恍惚の表情をしていた。

 ……いや、アイツはどんな場面でもぶれないな。


 ため息をつき、厳島を見ると彼女が俺の横にぴたりと張り付いてきた。七菜香がどかそうとしても、自分の場所と主張するかのように「ゔー」と低く唸っている。



「……厳島さん? どういうつもりですか?」


「一ノ瀬さんが彼女だからって、友達なら遠慮する必要なんてないよね」


「友達こそ考えることはありますが……。まず、空気を読むって言葉を知っていますか?」


「それは、昨日捨ててきた。だから知らない子」


「そんなことしてると友達いなくなりますよー?」


「問題ない。友達は同じ価値観を共有できる存在は一人で十分」


「おーい2人とも? すぐに睨み合うのはやめような?」


「「…………」」



 ……流れるように無視すんなよ。

 とりあえず話を変えないと、生きた心地がしない。



「えっと、厳島。ひとつ聞いていい?」


「いくらでもどうぞ。根掘り葉掘り……」


「いや、そんなにはないんだけど。まぁなんだ……俺の家って教えたっけ?」


「それは……」


「うぃーす一輝!! 連れてきたのは俺だぜぇ〜? 登校は賑やかがいいだろ〜?」


「賑やかとかの前に、人のプライバシーは守れよ」


「ははっ! 忘れてなければなっ!!」



 どう考えても、忘れる奴じゃないか……。

 俺は楽観的なワンコロを怒る気にはなれず、結局このままみんなで登校することになった。



 ◇◇◇



 電車を降り、学校に向かう通学路に俺達はいた。

 七菜香と厳島は相変わらずな様子で、よく飽きないなって思えるほど、ずっと話をしていた……主にバトル的な意味で……。



「泥棒猫って言葉を知ってますか?」


「誰のモノでもないことに泥棒はないよ」


「それ、本気で言ってます? もしかして厳島さんは、女同士の陰湿なバトルも辞さない覚悟だと……?」


「うん。頑張る」



 七菜香は眉間にしわを寄せ、睨むように見る。

 男からしたら、ぶるっと身震いしてしまいそうな寒気を感じるほどだが、厳島は全く気にする様子がない。

 それどころか、七菜香に一歩近づいて上目遣いで見つめていた。



「だって、私は一輝と一緒にいたいだけだから」


「一緒にいたいって、それはちょっと……」


「……ダメ?」


「ゔっ……なんか否定しにくいですね」



 可愛らしく小首を傾げた姿に七菜香がたじろぐ。

 突き放そうにも、その無垢な目に思うところがあったのか、七菜香の表情が面白いぐらいに変わっていく。


 まぁ、七菜香って根は優しいからな。

 嘘の関係を続けて、この純粋な目を拒むのに抵抗があるんだろう。


 俺はそんな七菜香の肩を叩き、厳島に聞こえないようにこっそりと話す。



「おい、七菜香。おかしな方向に進んでないか? あんな可愛らしい厳島を見たことねぇよ……」


「そうですね……。でも、これはこれで…………アリかも」


「は? 何がアリなんだよ」


「…………」


「急に無視はやめてくれませんか!?」


「どうしたの一輝?」


「い、いや。なんでもない」



 つい声を荒らげてしまい、厳島に話しかけられることになってしまった。

 はぁ、どうすればいいんだよ……。


 ってか、彼氏のフリを続けながら……周りの関係を維持。

 これ無理ゲーじゃない?



 俺がそんなことを思いげんなりとしていると、七菜香が「あ、そうだ」と呟いた。



「かずくんには二股最低男になってもらえばいいんですよ」


「いやいや、それは風評被害がやばいだろ。つーか、そんな彼氏から引き離そうとする奴が増えないか?」


「まぁまぁ。そこは考えがありますから。それよりもどうです? クールな同級生の可愛らしい姿は?」


「どうって……」


「全く、煮え切らないですね」



 七菜香は、呆れたように肩をすくめてみせた。

 それから俺の横にいる厳島に向かって手招きをする。



「厳島さん、ちょっと……」


「うん?」


「今から——」


「……そんなことを?」


「まぁ試しにどうぞ」



 七菜香がそう言うと、厳島が俺の腕にしがみつくようにしてきた。

 顔が赤く、かなり恥ずかしそうである。



「……厳島?」


「こっちみないで」


「わ、わかったよ。急にどうした?」


「一ノ瀬さんが本当に仲が良いならこのぐらい出来て当然って言うから……」


「簡単に騙されるなよ」



 厳島、純粋なのはいいけど……。

 七菜香に遊ばれてるからな?


 ほら、笑いを堪えるのに必死な様子じゃねぇか。



「七菜香? お前、周りで遊ぶのもいい加減にしとけよ?」


「私はいつでも真剣です」


「とてもそうには思えないんだが……」


「ふふっ。とりあえず目的は達成しましたし、周囲の視線が大変なことになってきたので私はこれで失礼しますね?」


「え、周囲の視線……?」



 俺に突き刺さるのは、恨みがこもった視線。

 血走っているような、共通の敵を見つけたような……そんな視線だ。


 やべぇ……。

 なんかめっちゃ怖いんだけど。


 俺は七菜香にフォローを頼もうと目で訴えかける。

 すると話が通じたのか、七菜香はニコリと微笑んできた。


 ……よかった。

 流石は察しのいいエスパーな妹。

 話がわかるじゃないか!


 その表情にそっと胸を撫で下ろしたのを束の間、七菜香が急に涙ぐんだ。



「私という彼女がいるんですから、女遊びは程々にしてくださいね……ぐすん」


「ちょっ! お前は何を言って!」


「一輝、今日は何をする? 委員長も含めて3人でプレイする?」


「や〜っ!? 誤解を生むようなことを言わないでくれ! 今にも刺してきそうな雰囲気があるからなっ!!」


「3人じゃ足りない?」


「そういうことじゃねぇよ!!」



 周りから『3人で……だと!?』とか、『満足してないらしいぜ』みたいな声が聞こえ、ひそひそ話が最早、隠せていないほどになっていた。



「では、かずくん。また放課後に」



 べーっと舌をちょこんと出して、七菜香は去ってゆく。

 俺も急いで逃げるようにその場から立ち去ったわけだが……。

 厳島が掴んだ俺の手を離すことはなかった。






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