第27話 「おはよう」の挨拶は開戦の狼煙



「帰ってから機嫌が悪くない? どうしたんだよ」


「別に」


「それ、なんかあって機嫌が悪い人の言葉だからな……」



 俺はため息をつき掃除をしながら、ソファーに座ってテレビをつまらなそうな顔で見ている妹に視線を向ける。

 手に顎を乗せ、誰が見ても不機嫌さが伝わってくる雰囲気を醸し出していた。


 ……昨日からあの調子だよ。

 どうしてか、俺には全くわからない。


 昨日のデートは、関係性を隠しながらも楽しくは出来たと自負している。バレる要素もなかったと思うしね。


 だから、妹もこの結果には満足な筈なんだけど……。

 どういうわけか、ご機嫌ななめだ。



「七菜香ー。そろそろ学校に行くから準備しとけよ〜」


「分かってますよ」


「タオルとか日焼けとか、夏の対策は——」


「大丈夫ですからっ!」



 俺がうるさく言うとムキになるのはいつも通り。

 これだけを見ると、無視とかはしないし原因は俺になさそうなんだよなぁ。

 原因が俺だったらわかりやすいんだけど……うーん。



 解散して暫くは割と機嫌が良かったと思う。

 けど、家に着いてからはずっとこんな感じだ。

 道中、無駄にベタベタしてきたのをあしらったからだろうか?

 でも、それが理由っていうのも、しっくり来ないんだよなぁ。


 大きなため息をつくと、七菜香はこちらに振り向かずにボソッと呟いた。



「兄さん、世の中はなんでこうも上手く行かないんですかねー……」


「なんだ急に?」


「別に大したことではないですが。人って難しいなぁと思いまして」


「そりゃあ個々の思惑や思想があるからな。なんでも思い通りに行くもんじゃねぇーよ」


「わかってますけど……あーあ。拍子抜けです」


「お前は何を求めてるんだよ」


「バチバチの昼ドラ」


「それをリアルに持ち込まれたら困るんだが……」


「そうですか? 兄さんの場合、片足は浸かってると思いますが? 後少しで底なし沼が完成しそうですよ」


「おいおい、嫌なこと言うなよ。平穏がモットーなのに、崩れるじゃん」


「まぁ、そういうのを信条にしている人って往々にして巻き込まれるものですよ。フラグでしかありません」



 フラグって嫌な言い方をすんなよ……。

 現実になったらどうすんだ。


 俺は嘆息して、妹の顔を見る。

 すると妹は意地の悪い笑みを浮かべ、視線を向けて来た。



「まさか、俺の周りで何か起こそうと企んでないよな? 男女間のトラブルとかを……」


「そうなったら素敵ですよね。面白くて……主に兄さんが」


「人の人生を勝手に面白くするんじゃねー」


「いいじゃないですか。刺激的ですよ? 兄さんもそろそろ本能に忠実になればいいんです」


「とんでもないことをさらりと言うなよなぁ……ったく」



 冗談だとは思っていても妹の言葉にはため息しか出ない。

 朝から俺いじりに余念がないよな、ほんと。



「そういえば知ってますか?」


「うん?」


「どこかの国では、浮気した男性を去勢する文化があるそうですよ」


「そんな物騒な国、あってたまるか。つーか、今の話の流れで言うのは不吉過ぎる」


「安心してください。いずれは現実にしてみせますから」


「お前は独裁者にでもなるつもりか」


「私が法です」


「七菜香が法になったら、世の中終わりだな」


「兄さんの言葉に私は傷つきました。よって……」


「どうせ死刑とか言うんだろ? 短絡的だな」


「小学生の時に考えた『ボクの最強能力!』を全校集会で朗読する刑に処します」


「それは辛いっ!!」



 俺がツッコミを入れてると、家の前からなんか音がした気がした。

 そして、“ピンポーン”とこの時間にしては珍しい音が響いた。


 この時間に来客なんて来ないだろうし……。

 まぁ、来るとしたらアイツか。



「またかワンコロ。朝から暇だな——え?」



 俺は来たのがワンコロだと思ってドアを開けた。

 だが、視界に飛び込んで来たのは



「厳島……?」


「お、おはよう! い、いい天気……だよね」


「いや、曇りだけど?」


「どうも厳島さん。もう来ないと思ってましたよ?」


「ごめんね。大人しくっていう期待に沿えなくて」


「いえいえ」



 明るい声の厳島に、ある意味機嫌が良さそうな七菜香。

 その後ろには、厳島を連れて来たと思われるニヤついたワンコロの姿があった。



 ……どういうカオスだよ、これ。



「どうしてこうなった……?」



 俺は大きなため息をつき、頭を抱えたのだった。

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