第26話 『特別でいたい』と『特別になりたい』は違う。(夕莉視点)


「今日は珍しく帰りが一緒だなっ!」


「そうね」



 私はそう返事を返すと、犬飼は屈託のない笑みを浮かべた。

 底抜けに明るい馬鹿でいつもは煩いんだけど……。

 今は、そんな明るさに助けられている。



 ——なんで私と犬飼が一緒にいるのか?



 みんなで遊んだ帰り道。

 一輝と一ノ瀬さんは同じ方向に進んでいた。


 それは当然の話。

 だって、聞いたところによると同棲をしているのだから……。

『高校生で早くない?』って思うけれど、当人達が決めたのであれば、私が口を挟む余地はない。


 それに二人は一緒にいると楽しそうで、幸せそうで、熟年の夫婦みたいな安心感があって……。

 高校から話すようになった私と、一ノ瀬さんの過ごした時間には超えられない壁を感じていた。



 でも、友情なんて年数よりも質。

 私はそう思って——最近は接していた。

 過ごしてきた時間は何よりも楽しくて、私にとって大切なものだったから……。



 ——だけど、現実は残酷だよね。

 一輝には、私よりも仲の良い知り合いがいて恋人がいたんだから。


 それも仕方ないこと。

 無愛想で、可愛げがなくて、ゲームばかりやっている女。

 綺麗で冗談も言えて、意地っ張りだけど可愛いところもある女。


 一緒にいて楽しく感じるのは、間違いなく後者。

 これは紛れもない事実だ。



 それを今回のデートでわかってしまった。

 一輝が一緒にいて一番楽しいと感じるのは一ノ瀬さんなんだって……。



 そう思ったら、心の中のモヤモヤとした気持ちが大きくなって、一緒にいるのが辛くなった。

 楽しそうな顔を見るだけで、胸の奥が苦しくなった。


 テンションをあげてみても、冗談を言ってみても解消されない。

 今みたいに逃げてみても、苦しさは変わらない。


 余計に気分が沈む。

 歩くのも億劫なぐらいに……。



「いや〜。夜って遅くなればなるほどテンションが上がるよなぁ〜! 無駄に走りたくなるぜぇ! 厳島も行っとくか?」


「遠慮しとく。でも走りたければ、ボールぐらい投げてあげるよ。持ってればだけど」


「おっ、マジ!? じゃあ頼むわ〜」


「……なんでボールを持ってんの」


「かっかっか!」



 快活に笑う彼の要求通り、近くの公園でボールを投げる。

 すぐ下に落ちて情けなく転がるボールを、楽しそうに犬飼はとりにゆく。

 本来だったら付き合わないけど……でも、今は考えたくないからいいや。


 そんなことを思っていると、ボールを取ってきた犬飼が私の前に立ちニカっと笑みを見せて訊ねてきた。



「厳島ー? なんか遠慮してね?」


「遠慮? ボールを投げる距離のことなら、これが限界だけど」


「ちげぇよ。今日のデートなんだけどよ。ほら、なんかいつもの夫婦漫才がなくて、俺としては物足りなくてさ〜」


「私はいつも通り。それに夫婦なら一輝達のことを言うでしょ」


「俺としてはいつものやりとりが好きだったわぁ〜」


「はいはい。それは残念だったね…………」


「お、おい! な、な、泣くなって! とりあえず……ティッシュだ! ほらっ!」


「……準備良すぎ」



 私は何故か流れてきた涙を拭く。

 けど、拭いても止まることはない。


 あーやだやだ。

 なんで泣いてんの、私。



「どうしたんだよ? 話ぐらい聞くぜ?」


「……嫌。口が軽そうだから」


「ひどっ!? でもよ、俺は馬鹿だから話なんて忘れる説が濃厚じゃね?? 頭ニワトリだしよ」


「……それ、自分で言ってて悲しくない?」


「全然。嫌なことをすぐ忘れられる便利な脳だから重宝してるわ!」


「……良いことも忘れそうだけど」


「アハハハッ! そうかもしんねーな!」



 ケラケラと楽しそうに笑う。

 そんな彼を見てると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。



「これは友達の話なんだけど」



 気づいたら私は、犬飼にそんな前置きをして話しかけていた。


 話しかけられた犬飼は「お前に友達いたんだな!」と失礼なことを口にして、私が睨むと犬のようにしゅんとしてしまった。



「その友達に仲のいい異性の友人がいて、突然彼女が出来たんだけど。それから友達として一緒にいても、違和感を感じる……みたいな話」


「ほぉ〜。まぁ異性の友人だと遠慮とかあるかもなぁー。恋路を邪魔しちゃいけないとかの心理も働くだろうしよ」


「でもその友達はね。今まで通り仲良く一緒にいれればよかったんだ。友達として……」


「ふーん」


「けど、つい最近……友達としての位置も、恋人として距離感も、全部負けたって感じ」


「それで落ち込んでいるってわけか?」


「そうみたい……あくまで友人がだけどね。一番、仲が良いと思っていたけど、離れていきそうって……」


「ふむふむ。友人ねぇ」



 ワンコロは珍しく考える素振りをみせる。

 それから、私に背中を見せるとボールを空にかざすようにした。



「犬飼っていいよね、楽観的で。悩みなんてなさそう」


「酷いこと言うなぁ~。ま、たしかにねーけど」



 腕を頭の後ろに回し、子供みたいに不貞腐れたような態度になった。

 でも、はぁとため息をつくと苦笑いをしながら天を仰ぐ。



「悩みがないっていうか、俺の場合は考える暇なんてないからな」


「暇そうじゃない、いつも……」


「いやいや〜。“日々を全力に生きる”がモットーで過ごしてると、案外考えてる余裕なんてないぜ? 感性万歳って感じだ」


「はぁ……犬飼ってバカだけど。その生き方は羨ましいかな。バカだけど」


「そんなベタ褒めすんなよ〜」



 ほんとポジティブだよね。

 しかも、嬉しそうに照れ笑いしてるし……。


 私がそんな彼を見て苦笑する。

 ……なんか、悩んでるのが馬鹿らしく思えてきた。


 犬飼は私の様子を楽しそうに眺め、それから珍しく真面目な表情をした。



「なぁ厳島、知ってか?」


「何を?」


「『あなたの特別でいたい』と『あなたの特別になりたい』っていうのは似てるようで違うんだぜ? その友人はどっちなんだろうな??」


「えっと……ちょっと意味がわからないんだけど」



 ——特別でいたい?

 ——特別になりたい?

 違うと言われても、私には同じにしか思えない。


 私が考えてるのを無視して、犬飼は話を続けた。



「友達もそうだけど、この関係性って一生続くかわからないだろ? だからさ、自分の気持ちを知るって重要なんだよ」


「……一輝と犬飼だったら、大学行ってからも仲いいんじゃない?」


「かもなぁ。でも、俺は馬鹿だし頭が悪いから、きっといや間違いなく一輝と同じ学校に行かないぜ? そしたら生活リズムなんて合うわけないから、すれ違うだろうなぁ」


「それでいいの?」


「よくはねぇけど。そうなったら行った場所に順応して新しいコミュニティを作る。そして、新しい生活が始めるしかねぇよ」


「そだね……」


「だろ? 今ある関係なんて、なくなってしまうかもしれない不確かな繋がり……だから、俺はそれを全力で楽しむんだよ。そして、時間が経って疎遠になっても『あの時はよかったな』って思えるようにな」



 犬飼はベンチに腰掛け、微笑んできた。

 それから子供が夢を語るような無邪気な顔をして、続きを言ってくる。



「だから俺は、誰かの記憶に残る『特別でいたい』と思って行動するぜ。『犬飼っていう、あんな馬鹿な奴いたなぁ〜』なんて言われたら面白いだろ?」


「……面白いのかな?」


「ははっ。ま、俺はな!」



犬飼は屈託のない笑みで只々笑う。



「その友達はどうなんだろうなぁ~? そいつの特別でいたいのか。ずっと続くような特別になりたいのか」


「……どっちなんだろうね。もしかしたら自分でもわからないのかもしれない」


「俺からしたら、本当に譲れない気持ちがあるなら引くなよって思うけどよ。友人でも恋人でも、一番でいたいなら尚更な」


「簡単に言うけど、腰は上がらないものだよ。無理な可能性の方が圧倒的なのに……基本、不可能だよ」


「そうか? だって、“諦めたらそこで試合終了”って名言もあるぐらいだぜ。動き出してもいねぇのに不可能だなんて、甘えで逃げじゃねぇか」



 でも、あんな二人を見たら諦めたくもなる。

 けど『逃げ』と言われればその通りかもしれない。


 私は努力もせず、与えられたモノを嬉しそうに受け取るだけ——それじゃあ何も私には残らない。

 それだけは……いや。



「俺から出来るアドバイスとしては、自分の気持ちを確かめたいなら、そいつと一緒にいたいなら、傷つくのを恐れずに行動しろよ。動かない限り、可能性はゼロのままだかんな」


「……失敗して、立ち直れないぐらい落ち込んだら?」


「それで、もしダメだったら。その友人を厳島が励ましてやれ。そして忘れるぐらい、一緒に馬鹿をすればいいんだ」


「そっか……」


「めっちゃ笑い飛ばしてやればスッキリするからなっ!」



 犬飼は楽しそうに笑う。


 私は大きなため息をつき、夜空を見上げた。

 そして、頭を巡るのは楽しかった今までの時間。



 ……そっか。

 そうだよね。

 あの時間が好きで、あの時間は私にとってかけがえの無いものなら……。


 この気持ちが赴くままに動かないと。

 私にとっての一番の友人。

 一番いて楽しい人。

 彼が同じことを思ってくれたのなら、それは何よりも嬉しいことだから。


 私は……だから、彼の特別になりたい!!



 そう思ったら、ずっと引っかかっていたモノが取れた気がした。

 心がスーッと軽くなり、力が湧いてくる。



「……犬飼ってバカだけど、たまには良いこと言うんだ」


「たまには余計だっ!!!」



 そう怒ったように言う犬飼。

 私が思わず笑うと、親指をグッと立ててきた。



「……とりあえず、ボールでも投げる?」


「おう! 頼むわ〜!」


「うん!」



 私は力一杯にボールを投げる。

 すると、ボールはいつもより高く遠くまで飛んだのだった。


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