第10話 ワンコロは遊ばれる
——ドアを開けるとそこにはワンコロがいた。
これには七菜香も予想外だったのか。
いつもの余裕たっぷりな笑みがひきつっている。
「おい、一輝。これってどういうことだよ……。朝早くからスタンばって待ってたのに、彼女ちゃんは入っていかなかっただろ……?」
「「…………」」
俺と七菜香は無言だ。
「なんで朝からいんの?」というツッコミも口から出てこないほど、俺は焦っている。
「まさか……二人は——」
「私、かずくんと同棲してるんです」
「「え?」」
突然のカミングアウトに固まる俺とワンコロ。
口からは間抜けな声が出て、ワンコロは心なしかぷるぷると震えていた。
……こんな嘘。
普通にバレるだろ。
俺は、七菜香を横目でみる。
さっきみたいな動揺は微塵もなく、実に堂々とした態度をしていた。
……こいつマジで度胸あるよな。
そんな妹に感心していると、腰を軽く小突かれて、目で合図を送ってきた。『私に合わせて』と言っているようである。
……くそ。こうなればヤケだ。
「いやぁ〜、見られちゃったなぁ〜。やれやれー。困ったな〜」
「うん、一輝? なんかわざとらしくねぇか……?」
俺の完璧な演技が通じなかったのか、ワンコロは眉間にしわを寄せて、うーんと唸り出す。
そして、難しい顔をして何かを考え始めてしまった。
俺はチラリと七菜香を見る。
いつの間にかスマホを手に持っていた妹は、ワンコロに見えないように何度かスマホを指し、見るように促してきた。
指示されるがままにスマホの画面を見ると、妹から通知が届いていた。
『兄さんの下手くそ』
『すまん……』
『もういいです。時間がないので、兄さんは例の方法でお願いします』
『例って……苦手なアドリブ対策の?』
『いえす』
おいおい、マジかよ。
あれをやるって言ってんのか……?
ワンコロがいくら馬鹿だとはいえ、全く乗り越えられる気がしないんだが……。
俺は、七菜香を見ながら『無理!』という意味を視線に込めて見る。
でも、残念ながら伝わることはない。
焦る俺とは対照的に、妹はいつも通りの余裕に満ち表情をしていた。
「なぁ、一輝。マジで同棲してんのかよ?」
「最高だな」
「なん……だと。けど、おかしいじゃねぇか!! 確かに彼女ちゃんは可愛いぜ? でもよ、お前は根っからの巨乳好きじゃんかよっ!!」
「最高……だな……」
「やっぱりそうだよなっ! それでこそ、いつも通りの一輝だぜ! 巨乳こそ正義……胸には男の夢が詰まってるもんなぁ~!」
テンションを変えながら、ワンコロの質問に答える。
今のところ、違和感は感じていないようだ。
ちなみに横目で見た妹は、ワンコロの言葉に満面の笑みである。
でも、笑顔なのに寒気がするほど怖い。
「違いますよ?」
「え、違うって何がちげぇんだ??」
「かずくんは貧乳好きです」
「いやいや、そんなわけ……」
「ね、かずくん。胸は小さい方が好きですよね?」
「最高だなぁあああ~~~っ!!」
「テンション爆上げだと!?!? は! つまりはこういうことなんだな……。“どんな胸でも等しく愛せ。そこに優劣はない”って!」
「その通りです。しかも、それだけではありません。かずくんはメスであれば、等しく愛するという度量も持ち合わせています」
「それはどういう……?」
「常日頃言っていました。『女性である、その事実だけで俺は萌える』と……。だから、虫だろうが、ゲテモノだろうが抱き締めるそうです」
「マジかよ……。一輝って、完全なド変態野郎じゃねーか」
「……最高だな」
「認めんのかよっ!?」
俺は半ばヤケクソになって、親指をグッと立てる。
なるべく誇らしげに、それでいて悟ったような表情をしながら……。
ワンコロはがっくしと項垂れ、『一輝と違って俺に女子が寄らない理由がわかったな……』と悲しそうに呟いた。
その姿は、さながら完全敗北を認めた戦士のようである。
その顔が無駄にカッコよくて……腹が立つな、おい。
ってか、あのやりとりで納得するなよ!
すっきりとした様子のワンコロはキリッとした顔をして俺の肩に手を置く。
「わかったよ一輝。お前の気持ち、この犬飼がしかと受け止めたぜ。どんなお前でも俺は親友だ!!!」
「よかったですね、かずくん。理解者が増えましたよ」
「さいこうだなー……」
棒読みをする俺は、『何もよくねぇよ!!』と現実逃避の意味も込めて心の中で突っ込んだ。
◇◇◇
馬鹿で茶番なやりとりを終えた後、俺達は一緒に電車に乗って学校へ向かっていた。
あれから、ワンコロは俺と七菜香の関係性に突っ込むことはしてこない。普通に会話をしている。
きっと、『同棲している』という事実に納得したのだろう。
「かずくんは素晴らしい親友を持ちましたね……ぷっ、素敵です」
さっきのやりとりがツボに入ってしまたのだろう。
あれから七菜香は、ずっとこの調子である。
めっちゃいい笑顔……。
妹じゃなければ、その魅力に目を奪われていたことだろう。
まぁ、けど今はメンタル的に死んでるから、その余裕がない。
性癖をなすりつけられた俺は、『もうやめて、一輝のライフはゼロよ!!』という状態だ。
そんなメンタル状況を知らない二人は、のんきに会話を始めている。
「そういえば、まだお名前を伺ってませんでしたよね?」
「あ~っ! 俺としたことが、会話で夢中で忘れてたぜぇ~」
「ふふ。お互い、うっかりですね?」
「だな~! うっかりだよなぁ~」
美少女を前にして、鼻の下が伸びきっていて、さっきからでれっでれだ。
二人を知らない人から見れば、“美男美女が談笑している。とても絵になる状況”と見えることだろう。
まぁ、二人を知ってる俺からすれば“性格最悪な悪魔の餌に釣られていいように踊る犬”にしか見えない。
「では改めて自己紹介をするぜ! 俺の名前は犬——」
「——ワンコロだ。犬種は雑種。年中発情期のロリコン野郎」
俺は、ワンコロの声に被るようにして自己紹介をした。
「うおーい!? 一輝、変な誤解されたらどうするんだ!?」
「事実だろ? いつも、尻ばかり追いかけてるし」
「おいおい一輝。その言い方だと誤解されてしまうじゃねぇか。俺はただ女性の味方というだけだぜ? 圧倒的な紳士————それがこの犬飼洋介さ」
キメ顔でそう言うワンコロ。
カッコつけているつもりだろうけど、無駄なんだよなぁ。
七菜香はワンコロの性格を気が付いているみたいだしね……。現にワンコロを見る目が可哀想な人を見るそれだ。
「では、ワンコロ先輩……。少し長くてお呼びし辛いですね……」
七菜香は悩んだ素振りを見せる。
ワンコロの本名にはノータッチを決め込むつもりらしい。
「そうか? 好きに呼んでくれていいぜ。勿論ファーストネームでもOKだ」
「では、ワンちゃん先輩とお呼びしても宜しいでしょうか?」
ファーストネームのくだりは華麗にスルー。
つか、ワンコロよりワンちゃんの方が字数多くないか?
「ワンちゃんって……」と流石に美少女に言われたのがショックだったのか、顔をひきつらせた。だが、七菜香が上目遣いで見つめると、直ぐに情けない顔に戻る。
「あの……ダメですか?」
「ダメ…………いや待てよ? 美少女にワンちゃんと呼ばれる……。悪くない……。いや、寧ろいい!!」
「ワンちゃん先輩?」
「はい! 俺がワンちゃん先輩ですっ!!」
まるで餌を貰う犬のように真っ直ぐな視線で「ハァハァ」と言っている。
この変態、知り合いじゃなければ間違いなく通報しているな。
そして、この気持ち悪さにも営業スマイルを崩さない七菜香……。
あー、なるほど。
七菜香はこの状況楽しんでるな。
きっと、新たなペットが出来た感覚なんだろう。
「よしよし、なでなで~」
「ハァハァ、やばい、たまんねぇ……」
「いい子ですね~」
最早ペットとしてしか見ていないようだ。
七菜香は口を押え、笑いを堪えるのに必死な様子である。
まぁ、なんだ、憐れワンコロ……。
美少女に跪き撫でられて恍惚の表情をしている男子高校生。
しかも、ハァハァと興奮している。
……絵面が半端なくやばいな。
このままだと通報されかねないし、どうすっかな。
「一輝。悪ふざけもいい加減にしないと迷惑」
そんなことを考えていると、俺の耳にため息混じりで声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、いつもと同じヘッドフォンを耳に当てる女友達の姿があった。
「おはよ、厳島」
「うん。おはよ、一輝。……それと彼女さんも」
「はい。おはようございますっ」
見つめ合う二人。
何とも言えない空気が生まれる中。
「え、俺はスルー?」という、ワンコロの声が寂しく響いていた。
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