第9話 俺(私)はシスコン(ブラコン)ではない!


 ――早朝。

 日差しが強くなるこの時期は、今の時間が一番気持ちがいい。

 汗もかかないし、窓からさしこむ光がまだ優しく照らしてくれる。


 昨日、疲れていた俺は直ぐに寝てしまった。

 久しぶりにこんなに寝たから、目がぱっちりとして調子がいい気がする。

 早起きもしたからか、気分も最高だ。



「もしかして、あの人にゲロったんですか?」


「………………」



 そんな気分を一瞬にして崩壊させるような言葉が俺の耳に飛び込んできた。

 俺は顔を引きつらせ、声がした方向を向く。


 すると妹がドアに寄り掛かるように立っていた。



「おい、汚い言葉を使うなよ。仮にもお嬢様学校に通う身だろうが……」


「学校は関係ないと思います」


「いやいや。あの学校って『品格を重んじる』んじゃなかった? 今の行動は真逆だぞ」


「いいんですよ。ここは学校じゃないんですから」


「まぁ、そうだけどさ。一応、そういう学校に通ってんだから、少しぐらい意識してもいいんじゃないか? 七菜香のせいで、お嬢様っていうイメージが下がり続けてるよ……」


「兄さんがお嬢様学校というカテゴライズに幻想を抱くのは勝手ですが……。夢とは儚いものですよ? 大半はオッサン化してますし、お淑やかというよりは、気の強くてガサツな子も多いですからね」


「え……マジ? そうなのか??」


「まぁ、そうじゃないと女性社会で生きていけませんよ。落として蹴落として勝ち残る……そんな弱肉強食の社会ですからね。女子校で背中を見せたら死にます」


「そんな世界だったっけ、女子校……?」


「『私の後ろに立つな』が基本です。立ったら一発KOですよ」


「どこのゴ〇ゴだ、おい」




 ――閑話休題。




「それでどうだったんですか?」



 七菜香はベッドの上に座り、今度はちゃんと聞いてきた。



「どうって? まぁなんとかは……なったかな?」


「はぁ……。それじゃわからないです。もしかして、あのミステリアス駄肉美女に鼻の下を伸ばして、ペラペラーっと話したんですか?」


「伸ばしてないし、なんだよその喩え……。ってか、厳島の前では上手くやったつもりだ」


「なるほど……。ですが、やはり何か問い詰められたんですねー」


「まぁ、色々とな。けど、約束はちゃんと守ったし、関係も今まで通りで大丈夫そう」


「そうでしたか……それならいいですけど。くれぐれも言わないでくださいね。どこで嘘が漏れるかわからないですから、油断は禁物です」


「そうは言うけどさ。この先、隠し通す自信がなぁ……」


「兄さんなら出来ると信じてますよっ!」



 うわぁー。無駄にいい笑顔に可愛い子ぶるポーズ……。

 ってか丸投げするなよなぁ。

 七菜香だって他人ごとでは……あ、そういえば。



「厳島が七菜香と話したがってたよ」


「あー……でしょうね」


「予想通りなのか? だったら突然だと困るだろうし、場を設けた方がいい?」


「いえ、その必要はないと思いますよ。兄さんとの様子から、なんとなく人格は把握してますし、きっと自分から聞きに来ます」


「いやいや、あいつって自分からマジで動かないぞ。対人関係になると腰がやたらと重いし」


「私はそうは思わないですけどねー」



 七菜香は額に手を当て、あからさまに呆れる態度をとった。


 そうは言っても、本当に動かないんだよな。

 どんなことがあっても基本、動じないし。


 厳島は喩えるなら猫。素っ気なくて、慣れるまで全く寄り付かない。

 とにかくマイペースな人間だ。



「まったく。兄さんって昔から変な人に好かれますよね。メンヘラちゃんホイホイって感じです」


「メンヘラって……、つーか変というよりは個性的ってだけだろ?」


「オブラートに包んでも無駄です。女性なんて、みんなメンヘラですから。なんと言っても感情の生き物ですしね」


「すげぇ偏見だけどさ、それだと七菜香も当てはまるだろ??」


「あ……」


「いやー、自己分析が出来ていて偉いなぁ~。よしよし~褒めてやろ〜」


「…………もげろ」


「何がですか!?」



 七菜香の物騒な物言いに俺はため息をつき、項垂れる。

 横目で彼女を見ると、手でチョキの形を作り何かを切るような動きをしていた。


 うん……それが何かは言及しない。

 心の安寧のために……。



「そういえば、七菜香の方は特に問題はなかったか?」


「問題ありません。寧ろ、『彼氏が出来たんだね、おめでとう!!』って祝福してもらいましたよ。まぁ、まだ初日なのでこれからどんな効果が表れるか未知数ですけど」


「でも、何かあったら言えよ? 力になるからさ」


「……別に必要ないですよ。兄さんは自分の心配をしてください。私と違って簡単にボロを出しそうですから」


「そうだなぁ。じゃあ、自分のことを気を付けつつ七菜香のことも勝手にやるからな~」


「はぁ……。勝手にしてください……どうせ、止めても無駄なのはわかってますから」


「まぁな。けど、勝手なのはお互い様だろ」


「ですね」



 言い合うことがあっても、嫌々ながらもなんだかんだでやってしまう。

 それは俺だけじゃなくて、七菜香も同じだ。

 育った環境が一緒だから、似るんだろう。


 俺がそんなことを思い一人納得して頷いていると、七菜香が明後日の方向を向いて呟いた。



「……兄さんって、ほんとシスコンですよね」


「誰がシスコンだ。ただ単に妹を心配した兄心あにごころってやつだよ」


「関わり方がベタベタしてて、シスコンの典型です」


「いやいや~。そういうお前こそ昔は『おにぃと結婚する!』なんて言ってただろ? それに今だって、他の女子の話になるとムキになるじゃないか。それってブラコンの典型だぞ?」


「ハハハ……。二次元関係の妄想もリアルに持ってくるなんて、ここまでくると悲しくなりますね。あー、痛いです」


「そういう七菜香は兄がシスコンであって欲しいという願望が漏れ出てるんじゃないか? 残念だが、お前と違ってそういう性癖は持ち合わせていない」


「「…………」」



 目を逸らしていた七菜香がこっちを向いてきて、いがみ合うように視線を交わす。

 まさに一触即発————となる前に互いの腹から『ぐぅぅぅ』と情けない音が聞こえてきた。

 意地を張り合う前に、出鼻を挫かれて……なんだか恥ずかしい。


 俺はその沈黙が耐え切れず、七菜香に話しかけた。



「……とりあえず話はここまでにして飯にするか。七菜香は食べたいのある?」


「……別に、何でもいいです」


「わかったよ。んじゃ、パンケーキにするわ」


「パンケーキって言ってないですけど」


「嫌なのか?」


「嫌……じゃない」


「はいはい。ちょっと待っとけ」



 俺がキッチンに向かうと、七菜香は少し遅れて不貞腐れたような態度をとりながら席に座った。




 ◇◇◇




「このままだと電車が混みますから、急ぎますよ」


「わかってるよ。でも、時間的にあんまし変わらないからいいんじゃ……」


「私は、学校に着いてからのんびりとしたい派なんです。窓から溢れる陽射しを浴び……何か物思いにふける。そんな日々を過ごしてる演出をしてるんですからっ」


「なんのこだわりだよ!」



 もう家を出ないと間に合わない時間になっていた。

 原因はわかりきっている。


 朝のやりとりに加え、そして――



「ってか、七菜香が朝食をのんびり食べたのが悪いんだろ。朝から、3回おかわりするか、普通??」


「い、いいじゃないですか! パンケーキは美味しいですし……」


「そんなに食って太っても知らな…………いや、少しぐらい太ってもいいか。寧ろたくさん食ってくれ」


「……なんですか、その同情に満ちた視線は」


「まぁ脂肪分たくさんとれよ」


「いっぺん死ねっ!!」


「ごふっ!? ……鳩尾はダメ……だって」



 こいつ……手加減なしかよ。

 この暴力妹め……。


 俺が不満を訴えるように見ると、ふんと鼻を鳴らしてから舌を「べー」っとしてきた。


 くそ……本当に可愛げのない!!



「なんで……この暴力的な妹がモテるんだよ。告白する奴の趣味を疑うわ」


「私、外では品行方正なので」


「それは面の皮が厚いっすねー」


「……何か?」


「ふー……ふー……」


「吹けない口笛で誤魔化さないでください。」



 俺はジト目を向ける妹から視線を逸らす。

 そして急いで靴を履き、家のドアを勢いよく開けた。



「ボンジュール、一輝! 今日も素晴らしい陽気。早速、彼女に紹介を頼んで――って、あれ……??」


「「…………」」


「一輝……なんで、お前と彼女ちゃんが一緒の家から出てくるんだ!?!?」



 いや、お前こそ何やってんの……?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る