第8話 今まで通り。いつも通りに
『……教えて一輝』と言う彼女の目は真剣そのものだった。
これはバレてる?
いや……まだバレる要素はないし。
何かを察して問い詰めてるって程度か……?
友人と彼氏のフリ。
どちらを優先するかと言われれば、前者の方だ。
本物と偽物の関係を考えれば同然のこと……。
だから本当は、今までの関係を考えたら『妹にお願いされただけなんだ!』と言いたい。友人を悩ませるぐらいなら、理由を言って理解して貰えばいいから。
でも、あの七菜香が頼んで来たんだ。
いつもは、何でも一人でやって我慢する妹。
努力家で、でもそれを見せたくない……意地っ張りな妹。
そんな妹がわざわざ俺に……。
だから、俺がやらなければないことは——妹の頼みも聞きつつ、友人との関係も守る。
だから、うまく答えて流すしかない。
俺は、厳島を真っ直ぐに見据えて言うことにした。
「これは、俺の意思で決めたことだよ」
「本当に?」
「本当だよ。厳島が考えるような後ろ向きな理由はない。その……今回のことは、驚かせて悪かった」
「…………そっか」
厳島は短くそう言うと、少しだけ悩んだ素振りを見せ薄く笑った。
「じゃあ、何か困ったら言ってね」
いつもの淡々とした言い方。
けど、その言葉には色々な感情を含んでいるような気した。
……何かを察した上でこれ以上聞くのをやめてくれたんだろうなぁ。
俺が質問攻めにあったらボロが出るの目に見えてるから、察しがいいのは、有り難くはあるけど……。
「一輝。参考までに聞きたいんだけどいい?」
厳島は机に座り直して、足を組む。
その表情はいつもの彼女の表情で、次の話に変えようとしたものに感じた。
「参考までにって?」
「付き合うってどんな感覚なのかなと思って。私にはイマイチわからないから」
「どんな感覚って……。それは、随分と抽象的じゃないか?」
「抽象的でも、何でもいいよ。今の感想が知りたいと思って。一輝って私と同じなのかなって思っていたから、心境の変化には興味があるんだよね」
「あーなるほど……」
厳島が言う“私と同じ”というのは、前に二人で似たような話をした時に語った内容だ。所謂、高校生における恋愛脳について……みたいな話。
ちなみに互いの意見を端的に言うと、恋愛至上主義は理解できないというものである。
「とりあえず、そうだな。付き合うってことに対しては、未だにふわふわとしてる感じ。実感が湧かないよ」
「へー、そうなんだ」
「何分、突然だろ? 自分が想像もしていなかった境遇に身を置いたから、気持ちの整理はつかないな」
俺の返答を聞いた厳島は、興味深そうに耳を傾けている。
現に付き合ってもないから、実感も何もない。
だから想像がつかないというのは、素直な感想だ。
もう少し、妹と設定を練っていれば答えもかわったかもしれないが……。
「一輝が付き合い始めて、気付かされたんだけど。周りに意外といるよね。カップルとか、そんな雰囲気を醸し出した男女とか」
「まぁな。これから夏休みが近づくと余計に増えるぞー……」
「そうなんだ。何でみんな付き合いたがるんだろうね?」
「何でって、気が合う延長で付き合ったりするんじゃないか?? お互いに好意を感じて、『だから付き合っちゃう?』的な」
「流れはなんとなくわかるけど……どうして、友達のままじゃダメなのかなって」
厳島の疑問は俺にもわかる。
けど、俺もそれはわからないんだよなぁ……。
まず交際経験とかゼロだし。
「単純に一緒にいたいからじゃないか?」
だから、当たり障りのないことを口にした。
「それって、付き合わなくても成り立つ気がするけど。気が合うから一緒にいたいとか……考えちゃダメなもの?」
「ダメではないが、一般的には『一緒にいたい=付き合う』という関係性に持っていくよな。ってか、自然とそう意識するのだろうし」
「そんな意識するなら、男女間の友情って成立しないのかもね。友達より恋愛に持っていかれるなら」
「男女間の友情かぁ。それって男女間における永遠のテーマだからな。創作物でも、友情エンドより恋人エンドの方が流れとして多いしね」
「そっか……」
厳島は大きなため息をつき、ひどく落胆した様子をみせる。
そんな彼女に、声をかけようと手を伸ばす。
すると、いつも通りの表情に戻った彼女が、いつも以上に小さい声で「一輝は成立すると思う?」と、俺に聞いてきた。
彼女の気持ちを察した俺は、思ってることを正直に答える。
「普通にそうだなぁ。人によるんじゃないか?」
「えー……アバウト」
「いやだって、なんとも言い難いだろ。気が合うことを友情と捉える人もいれば、それを好きの好意と受け取る奴もいる」
「それで勘違いしてフラれると……」
「極端な例だとそうだなぁ〜。『思わせぶりな態度をとった!』って言われても、そう思うかどうかはその人次第なところがあるし……。気持ちなんて確かめようがないからな……」
「聞けばいいんじゃない?」
「聞いて済めばいいけど。返ってきた答えが真実であることの保証はどこにもないんだよ。感情なんて見えないものは、自分以外に本心がわかるわけないからなぁー。だから、みんなは“付き合う”っていう、形にこだわるんだよ」
「うわぁ……達観してそうで捻くれてる。疑心暗鬼になりそうだね……それ」
「ハハハ! でもさ、厳島はわかるんじゃないか?? 同じく捻くれてるし」
「まぁ……わかるよ。でも、一輝に言われると反論したくなる」
「いや、そこは素直に認めろよ」
「やー」
俺も厳島も恋愛とか、そういう感情を抜きにして、友達以上として過ごしてきた。
恋人ではないが限りなく仲がいい。一緒にいて楽しく過ごせる間柄——それが俺と厳島だ。
きっと、彼女は俺との関係が今回の件で壊れるのが不安だったんだろう。今まで、わりと何でも話してきた関係なのに……俺に突然できた恋人。
それで彼女は確かめて、安心したかったのかもしれない。
『野々宮一輝と厳島夕莉の関係は今まで通り』だってことを。
俺は、厳島の方を向いてにかっと屈託のない笑みを浮かべた。
「さっき『男女の友情は成立する?』に対する質問の答えだけど。厳島との間には成立すると思ってるよ」
「…………」
「男同士も女同士も男女も……友情なんて不確かで見えないものでしかない。だけど、当人同士が居心地の良さを感じているから一緒にいる。それを特別にしなくてもいいんじゃないかなって思うな。同じ空気感を持って、ただ過ごす……まぁそんな感じで十分」
「じゃあ、私は今まで通りでいいってこと……?」
「……俺が言うのはおこがましいかもだけど。彼氏や彼女が出来て遠慮する……空気を読んで会わないようにする。なんて寂しいだろ……?」
「……そっか。いいんだ」
彼女の呟きは、暗いものではなくどこか納得したような声に聞こえた。
厳島は、ゲームを散り出して電源をつける。
それを俺に見せつけるようにしてきた。
「一輝……」
「なんだ」
「じゃあ、やろっか。今まで通り」
「おう」
「後、また朝一緒になったら話しかけるかも」
「もちろん。まぁ七菜香には睨まれるかもしれないけど」
「大丈夫。もう、気にしない。友達だし」
いや、そこは気にしないのかよ。
と、心の中でツッコミを入れる。
吹っ切れた雰囲気の彼女だが……。
まぁ、これでよかったんだよな?
ちょっと不安は残るけど、いつも通りな感じに戻ったから……まぁいいのかな。
俺はため息をつき、厳島と同じようにゲームの電源をつけた。
「せっかくだし、彼女と話したいかな。色々と聞いてみたい」
「それはちょっと。やめておいた方が……」
「……何、ダメな理由なんかある?」
「いや、だって電車内で微妙な空気だっただろ?」
「そう? 私としてはいつも通りだけど」
「あれがいつも通りなのかよ……。んで、ちなみに厳島は七菜香に何を聞いてみたいんだ?」
「私の友人を任せるのに相応しいか見極めようと思って」
「厳島は、俺の親かよ……」
「ママに任せて」
「……お前なぁ。ってか、誰がママだ!」
「ふふ。冗談」
つい、厳島の顔を見惚れてしまった。
そう思えるほど、彼女のからかうような微笑みが魅力的に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます