第7話 厳島夕莉の疑問



「厳島。今日、ワンコロと委員長は来ないってさ」



 放課後、俺は部室に着くなり一足先に来ていた厳島に話しかけた。

 声をかけられた厳島はため息をつくと、呆れたようにやれやれと竦めて見せる。



「どうせ。提出課題を委員長監修でやってるんでしょ。いつも逃げ出そうとしてるし」


「お、ご明察。流石はワンコロの飼い主! よくわかってるなぁ~」


「適当なこと言ってからかわないでよ。毎度のことなんだから、わからないわけない」


「ははっ。そりゃあそっか」



 俺は小さい部室の窓際の席に座り、鞄からゲームをとり出す。

 七菜香から連絡が来るまで待とうと、電源を入れたタイミングで俺の横に厳島が来て、肩を叩いてきた。



「んー? どした??」


「もう一輝は、同好会に来ない?」



 いつも通りの淡々とした様子だが、彼女の大きな瞳はなんとなく不安そうに揺らいで見えた。


 厳島が言う同好会は、ゲーム仲間の数人が集まってるものだ。

 表向きは『GM研究会』という、『今後の社会進出における組織作りをあらゆる観点から突き詰める。ゼネラルマネージャーの立場となって戦略を練る』みたいな、つまりは将来、企業を率先して率いるための意見交換とそれに伴う戦略を考えていく……的な感じだ。


 こんな名目だが、実際は『ゲームマスター』として色々なゲームを仕切って遊ぶだけである。

 ボードゲームや携帯ゲームなどなど。

 自分で言うのもアレだが不真面目な集まりだ。


 所属が5名以下だから、同好会止まりで部費は出ていない。

 俺と犬飼、厳島にクラスの委員長を含めた計4名で、日がな一日を過ごしている。

 それが居心地が良くて、俺や厳島は毎日のように来ていた。


 俺はゲームの電源を切ると厳島に視線を移し、手をひらつかせながら答えた。



「行くよー。まぁ、毎日かどうかはイマイチわからないけどね」


「そっか。今回のことで、てっきり辞めるのかと思った」


「辞めないよ……って厳島? 目がなんだか怖いんだが……」


「目つきが悪いのは、いつも通り」


「それにしても……いや、なんでもない」



 いや、明らかに目が細くなって怖くなっただろ。

 鋭い視線は、寒気がするほどだったぞ……。

 これがドMだったら、ドキドキするかもしれないけど……俺はノーマルだから、ただ普通に怖いだけだ。


 厳島を横目で見る。

 すると、彼女が不貞腐れるように呟いた。



「……教えてくれてもよかったと思うけど?」


「七菜香のことか?」


「それ以外に何かある?」


「ないよなぁー……すまん」


「別に謝る必要はないよ。けど……」


「けど?」


「寂しくはあるかな」



 机に寄り掛かるようにして、それから俺に額をツンと軽く突いてきた。



「一輝とは、お互いに気負いせず話せる間柄と思ってたのに言ってくれなかったから……。それって、なんだか寂しくない?」


「悪かったよ。マジで急なことだったから、言うタイミングがなくてさ」


「まぁいいよ、それは。全くそんな気配がなかったけど、いつから付き合ったの?」


「つい最近だよ。直近の直近」


「キッカケは?」


「あっちからの熱烈なアプローチ」


「へー」



 最近も最近。

 ってか、昨日の今日だからなぁ……。


 突然の無茶振りに乗っかることになり、そんな設定が生まれたわけだから違和感がないわけがない。

 その日まで今まで通り過ごしていたのに、次の日に突然状況が変化したのだから、厳島からしたら、わけがわからないのだろう。



「けど、あの様子だと知り合って結構長いんじゃない? 一年、二年ではないと思うんだけど」


「えーっと……どうしてそう思うんだ?」


「ん? ほらだって、一輝って名前で人を呼ばないでしょ。人懐っこそうに見えて一定の壁を張るタイプだし」


「……いやいや〜。そんなことないと思うぞ。ただ、名前呼びに慣れてないだけだって」


「じゃあ、あの子の名前を呼ぶことは慣れてるってことだね」


「……そ、それは覚悟したんだよ。名前を呼ぶ努力ってやつ?」


「へー、覚悟の問題なんだ」


「おう」


「ふーん……」



 やばい。

 どもったせいで、めっちゃ怪しまれてるじゃないか……。


 ジト目で俺の顔を見て、様子を窺っている。

 そんな雰囲気が彼女から出ている。



「ねぇ。突飛な発想だけど。もしかして、脅されたりしないよね?」



 厳島から来たある意味で的を射た質問。

 俺は内心で焦る気持ちを抑え、誤魔化すために笑って答えることにした。



「ハハハ! そんなわけないだろー。俺が脅しとかに屈しそうに見えるか??」


「……見えないけど」


「だろ?」


「けど、やむを得ない事情があるんじゃないの? 喩えば、……とか」


「そんなことは……」


「……教えて一輝」



 まるで鼓動から嘘を探ろうとしているかのように、厳島は俺の胸に手を当て……上目づかいで見つめて来たのだった。



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