第6話 一輝とワンコロと厳島のいつも通りの日常


 ……今日はジロジロと見られるな。

 昨日のことを考えたら仕方ないけど。


 七菜香の彼氏宣言があった次の日の学校ということもあり、校門をくぐった辺りから俺は周りの何か言いたげな視線を浴びていた。

 好奇の目や嫉妬、そんなのが合わさったような……そんな視線だ。


 そして、教室に着くと俺への視線が一斉に集まり、それから目を逸らされてしまった。


 気になるけど聞けない。

 そんな所なんだろう。


 俺は先に行った厳島の姿を確認して、自分の席に荷物を置いた。



「案外、早かったね」


「案外って、そんなに着く時間は変わらなかっただろ」


「そうかな? 一輝はもう少し、イチャイチャして道草をくってくるかと思ったけど。彼女一番で彼女が大好き、みたいな理由で」


「俺ってそんなキャラに見える?」


「ふふ。見えないね」


「わかってるなら茶化すように聞くなよ」



 俺は苦笑して、椅子に腰かける。


 普段はクールな無表情キャラが笑うと、中々の破壊力があるよな。

 いつもあんな表情が出来れば、もっと周りにと打ち解けられるとは思うんだけど。

 見た目的には人気があっても不愛想だから、周囲に“冷たい”とか誤解を与えてるんだよなぁ。

 本当は優しくて、面倒見がよくて、頼れる奴なのに……。


 そんなことを思って、厳島を見ていると彼女と目が合った。



「私の顔に何かついてる?」


「いや、厳島って色々と勿体なくて損しているよなぁと思って」


「そう? 私的には何も損はしてないよ。生きづらい生活は送ってないし」


「でもさ。厳島って笑うと可愛いから、いつもそうしてればいいのにって思うんだよ」


「………………」


「え、なんで無言?」


「……一輝ってナチュラルに褒めるよね」


「褒めるって悪いことじゃないだろー? 良いことはいい。悪いことは悪いって素直に意見を述べてるだけだって」


「……はぁ。素直で実直って罪よね。そろそろ……裁かれるべきじゃない?」


「うわぁ。すげぇ言い様」



 頬杖をつき、俺をジト目で見てくる。

 大きなため息をついてから、厳島は座り直して俺の方を向いた。



「一輝は、私がほとんど無表情で感情の起伏が少ないと思ってるだろうけど。私だって笑う時は笑うし、泣く時は泣くよ」


「ほ~。泣くのは見たことないな。例えばどんな時?」


「どんな時って……人並みに……。感動的な映画とか、動物の成長物語とか……」


「よし、今度見てみるか感動する映画とか! そうすれば、厳島の見たことがない一面を見れるな」


「……みんなでとかは絶対に嫌」



 首を振り、大きなため息をつく。

 間違いなくクラスメイトと打ち解けるだろうけど、厳島は望んでいないようだ。



「それに私はみんなから好かれるよりも、自分のことを知ってるただ一人でいいし」


「なるほどな。まぁ俺もそれには同感だ」


「でしょ?」



 俺もそれは同じだ。

 八方美人よりは、本当に気が合う奴とっていうのが性に合う。


 俺が提案したのは、あくまで一般論で本人が望んでいないなら無理強いする必要はない。


 こういった考えも、厳島と合うんだよなぁ。

 って、しみじみと思うよ。



「そうだ。一輝、後でだけど……あ」


「うん?」



 厳島の何か気がついたような声。

 それと同時に背後から誰かが近づいてくる気配がした。



「かーごめ、かーごめ———うしろの正面だぁ~~れ!!!」


「よっ。いつも通りだな」


「こ……この裏切り者がぁぁあああ〜ッ!!」



 忍び寄ってきたワンコロが、突然俺に襲いかかってきた。

 目を血走らせて、見るからに危険人物である。



「おっと、危ない」


「ぎゃん!?!?」



 俺がそんなワンコロの突撃を躱すと、勢いそのままに机へダイブしていった。

 音を立てて倒れる机と椅子……。

 とても痛そうな光景を厳島は迷惑そうな目で見ていた。



「……朝から煩い」


「いてて……って仕方ねぇだろ! 親友に彼女が出来たんだから、俺もじっとしてらんねぇんだよッ!!」


「……そのまま動かなくていいのにね」


「相変わらず俺に冷たくない!?!?」



 ワンコロが厳島にそう言うと、彼女はため息をつき俺に目配せをした。

 その目は『この暴走してる人を躾けて』と言っているようだった。


 俺は、「はぁ」と息を吐き犬飼を見る。

 すると、希望を見出したようなキラキラとした目を俺に向けてきた。



「頼むよ一輝~~~っ!!! 俺に彼女の友達を紹介してくれ! お嬢様と仲良くなりてぇよ!!!」


「お嬢様ねー……」



 七菜香は見た目だけは、お嬢様みたいに品があるが……家では違うんだよなぁ。

 そう思うと、ウチのは例外な気はするけど、一般的にはあの女子校はお嬢様学校として有名なんだよね。


聖白桜女子学院せいはくおうじょしがくいん”。

 通称——白女はくじょだ。


 中高一貫の女子校で課外活動にも寛容な学校である。

 有名人も通っているとかで警備はかなり厳重で、車での送迎やスクールバスも多いことから、白女の生徒とは知り合いになりにくい。


 だから、男だったらこんなチャンスはまたとない機会である。


 特に男子からしたら女子校に夢を抱くことが多いからなぁ。

 実際は面倒な人間関係に、お淑やかからは遠い男子化した女子が現れたりとか……。

 性格がキツめの人が多くなるらしい。


 これはあくまで妹からの情報だけど。



「頼むよぉ~。一生のお願いだからさぁぁ~~」


「うーん……。じゃあ、参考までにどんな子が好みだ?」


「髪はブロンドで……あ、ハーフとかいいな。イギリス系とか最高だ」


「ふむふむ。ちなみに背の大きさは?」


「おっ! 一輝が珍しく真面目に聞いてくれている! 背は大きくなくて全然いいぜ! けど、俺は馬鹿だから頭が良くて……運動も出来る子がいいな! 元気があればなお最高だぜ!!」


「……犬飼の理想、高過ぎ。そんな完璧女子、いるわけないって」


「わかってねぇな厳島! お嬢様学校には夢が詰まってるんだ! もしかしたらいるかもしれねぇだろ? 諦めたらそこで試合終了だかんなっ!」


「……勝手に終わっててよ。本当にいるわけ――」


「うっし。二人とも見つけたぞ」


「「嘘!?!?」」


「ほら、見て見ろ」


「「………………」」



 俺が写真を見せると、無言になる二人。

 ワンコロはわなわなと震え、厳島は口元を押さえていた。

 厳島、笑いを堪えきれてないからな?



「…………おい、これって」


「ロイヤル犬のチャッピーだ。お好み通りハーフだぞ」


「犬じゃねぇか!?!?」


「柴犬とコーギーのハーフ。通称、柴ーギーだ。毛並みは茶色に近いが、元気があって頭もよくて、運動も出来るぞ。お前の注文通りだ」


「まずは人であってくれよ!!」


「ぷ……よかったね、犬飼。お似合いの相手で……ふふっ」


「笑うんじゃねぇよ!! 犬とお見合いなんてできるかっ!」


「安心しろワンコロ。飼い主は——」


「おいおい、その含みはまさか……? 実はそこに美人というオチか!?」


「ガチムチの権左ごんざ先輩だ。すでにお見合いの話を連絡しておいたぞ」


「なんてことしてんの!? ってか、白女関係ねぇじゃん!」


「いや、だって俺は白女の人を紹介するなんて言ってないし」


「この薄情者ぉぉぉおおっ!!」


「あ、噂をすれば権左先輩が—―――って、ワンコロは逃げ足が速いなぁ~。もう見えなくなってんじゃん」



 脱兎の如く逃げ出した犬飼。

 外からは「あんまりだぁぁああ~」という声が聞こえてきた。



「一輝もほどほどに」


「へいへい。まぁ、いつも通りでやかましくて悪くはないだろ?」


「ふふ。そうかも」



 厳島は、鬱陶しいと言いつつも愉快そうに笑う。

 これがいつも通りの俺達の馬鹿な日常だ。


 ちなみに戻ってきた犬飼は、授業に遅れたせいで先生に絞られることになった。

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