第5話 俺の妹と友人が怖い件について



『大事そうに抱きしめてる、その子は誰?』



 そう聞いてきた彼女はじっと俺の顔を見て、答えを待っているようだった。


 普段とは同じに見える厳島。

 だけど、妙な圧迫感を俺は感じている。

 それはまるで試合前の焦燥感や緊張感と似たようなものだった。


 ……七菜香、友人相手にも演技をするのか?

 俺のそんな気持ちが妹に伝わったのか、七菜香は胸に顔を当てじっーと見てくる。

 そして小さく頷くと、『早く言って下さい』と目で訴えてきているようだった。


 マジかよ……。

 俺は頭を掻き、ため息をつく。

 そして――



「抱きしめてるって、ただ電車が揺れてるから支えてるだけだよ」



 とだけ答えた。

 その返答に不満がある七菜香は、俺の腰を厳島に見えないように抓ってくる。


 いやいや、七菜香。これは、仕方ないんだよ。

 厳島って無駄に鋭いから、嘘が吐きづらいんだって!

 だから、適当にはぐらかすしか……。


 俺の言葉に厳島は首を傾げると、再び疑問を投げかけてきた。



「そっか。けど、なんか他人には見えないけど。もしかして彼女?」


「えっとだな……」


「どうかした? 答えづらいならいいけど」


「ああ、実は——」


「初めまして、です」



 俺が言葉を発するより前に、七菜香は俺と厳島の間に入り遮るようにそう主張した。

 しかも、はにかむ笑みを見せながら、いかにもしおらしい態度で……。


 きっと俺では対応が無理だと思ったのだろう。

 初っ端から演技にフルスロットルである。


 いや、本当に……我が妹ながら、面の皮が厚いよ。

 こんなの普通に見たら誰だって、照れ臭そうにしている彼女にしか見えないし。



「……へー」


「ねぇ、かずくん? せっかくですから紹介してください。お友達なんですよね??」


「あ、ああ。クラスメイトの厳島だよ。高一からずっと同じクラスなんだ」


「同じクラスなんですね!」


「そうね。席も毎回近いし、所謂腐れ縁みたいな感じ」


「確かに席替えしても面白いぐらい被るよなぁー。確率どうなってんのって毎回思うわ。そのせいで、クラスでは席替えがある意味で名物になっててさ。連勝記録はどうなるとか毎回話が出るよ」


「毎回騒がれては鬱陶しいけど」


「まぁな」



 厳島はため息をつき、肩をすくめた。

 俺達の会話を七菜香は興味深そうに眺め、何かを納得したように頷く。



「ふむふむ。じゃあ、かずくんはしっかりしてそうな厳島さんに起こされたりしてる感じですね?」


「い、いや。そんなことは——」


「うん、正解」


「おい、厳島。認めるなよっ」


「事実だよね。それとも、真面目に授業を受けてると言って欲しかった?」


「いや、そこはもう少しカッコつけさせてくれよ。クラスではみんなに慕われてるとか、言ってくれてもいいじゃん」


「そういうのがお望みで?」


「そうそう。厳島が知ってる俺の武勇伝を語ってくれよ」


「じゃあ、そうだね……」



 厳島は腕を組んで考える素振りを見せたが、すぐに答えた。



「いつも寝てるのにテストだけは点をとるとか。先生の言うことを聞かない野生児を手懐けているとか。先生によくスマホを没収されてるとか……んー、そんなもんかな?」


「おい、最後に至っては不名誉だからな?」


「じゃあ、授業中にゲームをやるのやめればいい」


「ソシャゲって、イベントとかあるじゃん? それに没収されても、渡してるのは前の機種だから問題ない」


「はぁ……いつか痛い目みても知らないから」


「あはは……。なんか、かずくんらしい……」


「おい、なんで二人して残念な人を見る目を向けてくるんだよ……」



 ってか、七菜香は演技抜きで呆れてるじゃねぇか!


 しょうがないだろ。

 ソシャゲって学生にはきつい時間にイベントを要求してきたりするんだから……。

 まぁ、確かに……少しは自重しないととは思うけど。



「一輝のゲームはほどほどに。じゃないと、先生が来ても教えてあげないよ」


「へいへい。毎回、厳島の手を煩わせないようにするよ。ノートを見せてもらったりするも悪いしなぁ……あ、後でノート返すわ」


「そうして」


「報酬はジュースでいい? 果汁100%の」


「……できれば」


「葡萄だろ?」


「うん。よろしく……」



 耳をほんのりと赤く染めた厳島は、ヘッドフォンを耳に当て直ぐにそれを隠してしまった。


 ……可愛い所あるのに、厳島は勿体ないよなぁ。


 俺がそんなことを思っていると、手の甲の皮を七菜香に抓られ、反射的に「痛っ」と口にしてしまった。

 ってか、無駄に痛い所をピンポイントで抓るなよ。


 七菜香を不満そうに見つめる。

 彼女は気にした様子はなく、俺を無視する形でまた厳島の隣に行き彼女に話しかけた。



「厳島さんは、いつもかずくんのお世話してくれてるんですね」


「別に世話なんてしてないけど……」


「かずくんって、だらしがない所が多々あるので、彼女として不安だったんですよ。なので、ありがとうございます」


「お礼をされるようなことはしてないよ」


「そうでしたか? それでもありがとうございます」


「いえいえ」


「ふわぁ~……。それにしても今日は、眠いですね。暖房が効いているからでしょうか?」


「話が唐突だな? 確かに暖かくて眠くなりそうではあるけど、立ちながらは眠れないよなー」



 一応、同意の言葉を口にする。

 ってか、七菜香はさっきまで眠いの我慢してる雰囲気を出してなかったか?

 どうして、今更そのことを主張し始め……。


 ——なんだろう。

 なんかものすごーく、嫌な予感がしてきたんだが……。


 俺は、引きつりそうになる表情を堪え七菜香の目を見る。

 すると彼女は、これから悪戯をする子供のような笑みを浮かべた。



「もうっ。他人事みたいに言って! かずくんが中々寝かしてくれないからですよ……?」


「ちょっ、お前!?」


「寝かしてくれない……?」



 無表情な厳島の眉がピクリと動いた。

 それから、冷ややかで冷め切った目を俺に向けてくる。


 これは……否定しないとまずい。

 何がって誤解と噂が一人歩きをしてしまう!



「いや、違うからな! 七菜香が言ってるのは——」


「かずくんって、いつも激しくて強くて……あ、でも昨日はなんとか勝ちました」


「マジで何を言って」


「違う?」


「いや、嘘は言っていない。内容は間違ってないけど、徹底的に説明が欠如してるっ!!」


「へー。ふーん。そんなことがあったんだね」


「あったんですよ~」


「「「………………」」」



 3人して無言。

 なんか俺の妹と友人がめっちゃ怖いんだけど……。

 いや、もう帰りたい!!


 普通に話してだけなのに、何でいきなり微妙な空気になってるんだよ!!


 俺が無言の二人の圧を受けて、冷や汗を流していると、ようやく電車が学校の最寄りに到着した。



「じゃあ一輝。私、先に行くから」


「お、おう」


「ん。また



 厳島は俺達より先に降りてしまい、そのまま人波に飲まれ姿が見えなくなってしまった。俺はようやく解放されたプレッシャーに、そっと胸を撫で下ろす。



「どうにかなりましたね」


「はぁ……。俺にとってはどうにもなってない気がするけどな……」


「とりあえず今後は要相談を……。それにしても、厳島さんとは仲が良さそうでしたね?」


「まぁなー。無愛想に見えてかなり良いやつだし、それにあいつもゲーム好きなんだよなぁ。意外と七菜香も気が合うかもよ?」


「どうでしょう?」


「えー、なんで疑問系??」



 七菜香は素っ気なく答え、俺よりも半歩前を歩く。

 そんな妹から「……兄さんに言い寄る女性がいなかった理由がわかった気がします」と呟く声が聞こえた気がした。



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