第11話 静かな戦いと爆弾投下


 昨日の今日でまさか……こんなことになるなんて、また変な空気にならないよな?

 ヒヤヒヤしていると、厳島から七菜香に話しかけた。



「改めてだけど、私は厳島夕莉。一輝とは友達だから」



 普段、厳島は自分から挨拶をしない。

 そんな彼女からの挨拶……しかも、名前を自分から名乗るという珍しい状況に俺が面を食らっていると、面の皮が厚い妹がにこりと笑って返事をする。



「では、厳島さんとお呼びしますね。私も名乗っておきますと、です」


「わかった。一ノ瀬さん……よろしく」


「はい! よろしくお願いします」



 二人とも謎の握手を交わす。


 この前みたいな変な空気もないし……うんうん。

 仲睦まじいことは良いことだ。


 これが歩み寄りなのかな?

 厳島も多少は気を遣って、これから聞くんだろうけど……。

 まずは、仲良くなって色々と聞こうと思ったのか?


 わからん。

 とりあえず、俺としては歪み合わなくてよかったよ。


 そっと胸を撫で下ろし、苦笑した。



「どっちから告白したの?」


「いきなりぶっ込んで来るんですね」


「知りたいから聞いてみた。答え辛かったら別にいい」


「別に構いませんよ。そうですね……あの時は、私からでした。かずくんはヘタレでチキンな面がありますから、言うのは私です」



 おいおい。

 変な印象操作はやめろよなぁ。

 確かに人生で一度告白なんてしたことはないが……。


 厳島は、七菜香の言葉を聞いて眉をひそめた。



「一輝は、ヘタレというよりは枯れてるだけだと思うよ。わりと男らしいところはあるし」


「それは認めますよ。いつもエスコートしてくれますし、さりげない気の利き方がいいんですよね。ただ、男子高校生らしいがっつきはないので、寂しい面はありますけどー」


「文句言っても仕方ない。変にがっついて来ないのが、一輝のいいところ」


「私としては、ガンガン引っ張ってほしいですね〜」


「へーそんなのがいいんだ。一輝とは違うタイプ……」


「……あくまで理想ですよ。付き合うことに興味がない人にはわからないかもですが……」


「「………………」」



 いや、たまに無言になるのやめてくれない?

 話を聞いている俺が微妙な気分だぞ。

 反応に困るって……。

 ってか、いちいち怖くなるのやめてくんない!?


 俺が無言の二人の間に入ろうと声を掛けようとしたら、七菜香が先に話し出した。



「厳島さんとかずくんって見るからに仲良しですよね? 恋人の私から見ても、なんか嫉妬しちゃいそうです」


「嫉妬する必要はないよ」


「そうですか? 二人の様子を見れば誰でも同じ感情を抱くと思いますよ」


「それは視野が狭いよ。男女でいるだけで、恋愛に結びつけるのは悪い癖」


「ふふ。でもそれは、一般的には仕方ないことですね。私はこうやって知ったから大丈夫ですが」


「そう。ならよかった」


「それよりも、私は厳島さんが心配です」


「心配?」


「はい。だって、厳島さんの心中は穏やかじゃないのかなーって思うんですよ。いきなり現れた私に嫌な印象を抱くの当たり前かなと……」


「問題ない。私と一輝は友人で、その関係が楽しいし満足なの。嫉妬とか男女の仲を疑うなんて邪推はやるだけ無駄で、私に遠慮はいらないから」


「なるほど……。でもいいんですか??」


「決めたことに文句はない。私は今回の件は祝福してる」


「ふふ。ありがとうございます」


「……でも一輝が、もし酷い目に遭うことがあったらとして許さないけど」


「それはないので、安心してください。私たちは相思相愛でベタ惚れし合っていますから」


「そ。よかった」



 ……静かに会話してるのに、気持ちがざわつくのは気のせいだろうか?


 俺は、さっきから繰り広げられている女子トークに入って行けず、見守るだけになっている。

 それは、ワンコロも同じでなんとか会話に入って行こうと試みていた。


 だが、二人で盛り上がってしまい。

 男二人で疎外感を感じていた。



「ワンコロ……これが蚊帳の外ってやつだな」


「一輝はまだ話題の中心だからいいじゃん……。俺なんて見向きもされねぇぜ? 透明人間化してるわ」


「ま、話の腰を折ると後が怖いし放っておこう。用があれば話を振ってくんだろ」


「自分の話なのに落ち着いてんな~。これが彼女がいる男の余裕ってわけか……」



 いや、男の余裕と言うよりは話に入っていきたくないだけなんだよ。

 中途半端に踏み入れようものなら、火の粉どころか、隕石が飛んできそうだしね……。


 触らぬ神になんとやら。

 とりあえずは、傍観しておこう。



「なぁ一輝よぉ~」


「なんだワンコロ。電車の中だから、劣情に負けて痴漢なんてするなよ?」


「しねぇよ!! お前は俺をなんだと思ってんだ……」


「性犯罪者?」


「直ぐ犯罪者にし過ぎじゃない!?!?」


「まぁ。冗談はおいておいて、ワンコロの用事って『彼女が欲しいから、七菜香の伝手で紹介して欲しい』というお願いだろ?」


「おっ流石だなぁ~。よくわかってんじゃねぇか!」


「そんな焦ってもいいことはないと思うぞ? 物欲センサーみたいなもんで、欲しいと願うほど遠ざかってゆくよ」


「わかるけどよー……。マジで焦ってんだって。今は高2だぜ? 花があって一番青春を送れる時期じゃねぇか。ここらへんで勝負をかけないと!!」


「言いたいことはわかるが……。もっと落ち着けよ」


「か~っ! これが勝者の余裕ってことか!! くそぉ……俺も彼女欲しいィィィイイ~!」



 頭を抱えくねくねとするワンコロ。

 傍から見てもかなり気持ちの悪い動きだ。


 そんなことを思っていると厳島と話をしていた七菜香が「あの、ワンちゃん。ひとついいですか?」と、こちらに話かけてきた。


 ってか、七菜香?

 ワンコロの呼び方に、微かに残っていた敬称すら消えてないか??



「なんだ~七菜香ちゃん。俺に何か――」


「彼女できないと思います」


「ぐはっ!?」



 美少女から下された残酷な言葉に膝から崩れ落ちる。

 俺は、ワンコロの腕を引き声を掛けた。



「おーい。ワンコロー生きてるかー」


「……一輝。俺はもう……」


「煩いだけって、女の子からしたら子供っぽく見えますから……大きなマイナスですね」


「……げふっ……」


「おい、ワンコロ!? ここで寝ちゃダメだ!! 死んでしまうぞ!」


「俺はダメだ……。次に生まれ変わるなら——モテモテのエロゲ主人公に……」


「ワンコロぉおおお〜っ!!!


「ちなみに、美少女系のゲームは表立って言うのは、女性受けが良くないですよ。露骨にエロに興味ある、ガツガツしてるのを醸し出すのはダメですねー」


「七菜香、死体蹴りは可哀想だしやめような? ワンコロはこのままだと塵となってしまう……」


「塵に? なるほど…………。他にもワンちゃんは——」


「「まさかの止まる気ゼロ!?」」


「はぁ……みんなふざけ過ぎだから。もう着くし降りるよ」



 厳島は、額に手を当て呆れ気味にそう言ってきた。

 落ち込むワンコロが視界に入ったのだろう。


 厳島は悩む素振りを見せてから、大きなため息をついた。



「……可哀想な犬飼に朗報」


「ん……? どうせ、上げておいて俺を貶めるんだろ?」



 ワンコロ悲しい目で、厳島を見る。

 その姿は、芸に失敗して落ち込む犬の姿を彷彿とさせた。

 露骨に落ち込んでるし、見てて悲しくなってくるな……。



「前に誰かが話してるの聞いたけど。犬飼は“顔だけは良い”って言ってた。だから、元気出しなよ」


「……本当か?」


「そうですよ。それは私も思いますね。ワンちゃんは、顔は美形の分類に入るんですから、他の部分を気を付ける部分でいいと思いますよ」


「ってことは、俺が色々と直せば二人が好きになりそうなぐらいになるってことだなっ!!」


「「…………」」



 七菜香と厳島は顔を見合わせて無言になる。

 そして同じようなタイミングでワンコロを見た。



「興味ないし、それはない」


「地球の自転が反対になったらあり得るかもしれないですね」


「ちくしょーめぇええ!!」



 男泣きをするワンコロの背中をさする。

 その背中は凄く小さく見えた。


 ……どんまい、ワンコロ。



 電車が最寄り駅に着くと、俺達は一緒に降り、昨日とは違って4人で学校に向かい始めた。七菜香は別の学校なので、途中でお別れである。


 それまでは、さっきみたいな会話を続けたわけだが、別れが近くなったところで七菜香が急に距離を詰めてきた。

 腕に抱き着き、ほんの少しの柔らかい感触が腕に伝わってくる。


 どうしたんだ急に?


 俺がそんな怪しむような視線を向けると、七菜香が微笑んできた。



「そうだ、かずくん」


「うーん?」


「今度の休みはデートですから、忘れないでくださいね」



 七菜香は、恥じらうような素振りを見せる。

 それから俺を欲しがるように見つめてきた。



「お、おう。そうだったな?」


「ふふっ。寝坊はさせませんからね〜?」



 反射的に返したのはいいけど……。

 ってか、デートなんか聞いてないんだが?


 俺は合わせるためにとりあえず頷いた。


 すると七菜香は、唇に指を当て妖艶な笑みを浮かべ、俺の腕に抱きつくと耳元で囁くように「朝まで一緒です」と言ってきた。


 それも……厳島にわざと聞こえるように。



「朝……?」



 厳島が俺をジト目で見てくる。

 気まずくて視線を移すと、同じく聞いていたワンコロと目が合い——



「朝までって、やっぱは違うなぁ〜」



 ここでワンコロが茶化すように爆弾を投下したのだった。



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