第12話 デートの約束と煽り


「朝まで? 同棲? ちょっと待って……色々と理解が追いつかないんだけど」


「厳島は気にしなくてもいいんじゃないか? どうせいつもみたいにワンコロの妄言なんだからさ」


「うーん? なんだその一輝の反応は……? てっきり厳島は知ってるもんだと思ってたんだけどよー。あ……もしかして、厳島には秘密で言っちゃダメ——」


「はーいワンコロ……。その口を一度閉じようか?」



 俺は慌ててワンコロの口を塞いだ。

 ちらっと横目で厳島の様子を確認する。


 やべぇ。なんか俺を見る目がめっちゃ怖いんだけど。

 目が合うと、厳島が俺の目の前に詰め寄ってきてネクタイを掴んできた。

 逃がさない。

 目がそう物語っている。



「……一輝?」


「厳島? 誤解がないように言っておきたいんだけど。同棲って言っても寝泊まりするだけで……」


「それが問題なんじゃないの?」


「いやいや〜厳島よぉ。一輝は問題はねぇって! 愛し合う男女がひとつ屋根の下。学生という若さが物語を加速させて……そんな漫画とか素敵じゃん?」


「犬飼は大人しくしてて、話にならないから」


「酷くない!?」


「バンッ」


「いや、鉄砲を撃つフリをしたって犬みたいに死んだフリはしねーよ?」


「「「バンッ」」」


「まさかのみんな!?!? わかったよ……仕方ねーな……」



 流石に道路で寝るわけにはいかず、ワンコロは指を口元で交差させ×マークを作った。

 たぶん、「死人に口なし」という感じで喋らないことをアピールしているのだろう。



「まぁまぁ厳島さん、落ち着きましょう。事実を知って驚く気持ちもわかりますが」


「落ち着くって、あんたね」


「ふふ。別にいいじゃないですか。同棲してても厳島さんが気にする必要はないですよ。なにせ——友達なのですから」



 含みのある言い方に厳島のの眉がぴくりと動いたことに、俺は気づいた。

「友達でも言いたいことはある」と厳島は何事もないように呟き、それから俺達の方を向いた。



「それでも、高校生だから早いと思うけど」


「まだ15歳ですけど、早いとは思いませんよ。順調に愛を育んでいますし」


「え、待って? 今、15歳って……まさか後輩だったの?」


「そうですよ。あれ? 言ってませんでしたか?? 私とかずくんは一個違いです」


「後輩なのにこんな太々しいんだ……」


「そんなに褒めないでください」


「褒めてないから」



 照れたように頬を染める七菜香に厳島がツッコミを入れる。

 それから、不機嫌そうに口を尖らせながら話を始めた。



「まぁ認める認めないの最終的な決定権は本人達にあるけど。苦言を呈すのは当然でしょ」


「他人のことだから無視してもいいと思いますよー」


「友達が心配で無視できるわけがない」


「ふーん。じゃあ、厳島さんはとにかく心配だと。かずくんの生活の変化と私という存在が……?」


「……ストレートに言うとそうだね」



 互いに一歩も引く様子はない。

 七菜香も厳島も見つめ合い、その様子は俺から見たら火花が散ってるように錯覚してしまった。


 もう少し穏便にやってくれればいいんだが…………って七菜香?

 ふいに妹の口の端が緩んだ気がした。


 その顔は俺が知ってる、計略を巡らせている妹の不敵な笑みに見えた。



「そうですか。では、今度のデートは4人でいきましょうか」


「お、おい。七菜香?」



 突然の提案に俺は驚き、妹の手を引き周りに聞こえないように耳打ちをした。

 怪しく見えるのはこの際、仕方ない。



「七菜香、お前。何言って……」


「ちょ、ちょっと耳に息を吹きかけないでください。くすぐったいです」


「あ……すまん。じゃかくて、どういうつもりだよ……? 2人で出掛けるならまだしも、4人だと不測の事態が起きても仕方ないぞ……」


「いいですから。私に任せてください」


「任せると言ってもなぁ……。俺にはどこに向かっているのか……ってか、七菜香はそれでいいのかよ?」


「元々巻き込んだのは私ですから、私のことは気にしないで大丈夫です。それに、ひそひそ話はこのぐらいにしないと余計に怪しまれますよ?」


「……わかった」



 話を終え並び立つと、その光景がいちゃついているように見えたのだろう。周囲から怒気が混ざったような視線が増えた。


 厳島は腕を組みジト目で。

 ワンコロは悔しさで涙を流しているようである。



「内緒話? 私に聞かれては不味い?」


「いえいえ。ただ、かずくんが恥ずかしがっただけですよ。私的にはご一緒したいので、その相談です」


「別にいいって。外で遊ぶのは柄じゃないし。邪魔をするのは悪いから」


「そうなんですか? じゃあかずくんを遠慮なく連れ回しちゃうのもありですね〜」


「え、どこに連れて行くつもりなんだよ……? その言い方だとすげぇ不安なんだが……」


「ランジェリーショップとか、カップル限定のラブラブメニューのお店ですとか……。まぁ1日中、ラブラブして過ごすような場所を回りたいですね」


「それって……俺が苦手そうな所じゃ……?」


「大丈夫ですよ〜。彼氏なんだから頑張ってください。彼女のために精根尽き果てるまで、動きましょ〜!」


「マジ……かよ」



 うわぁ……あの目はマジでやらせるつもりだなぁ。

 ここを乗り切るための演技だと思ったのに、デートをする気なのか??


 まぁどっちにしろ、俺の理想としたゴロゴロとした休日は……さようならってわけだ。



「……ちょっと待ってよ」


「どうかしましたか?」


「友達として、一輝に対する今の言葉は見逃せない」


「そうですか?」


「いくら彼女だからって、彼氏は所有物ではない。互いに納得しないのは……いけないと思う。だから、そういうデートはやめて」


「え~。恥ずかしがるかずくんは可愛いんですよ??」


「そ、それでもダメ。約束して。そうじゃないと安心できない」


「じゃあ、厳島さんも来たらいいじゃないですか。そんなに気になるなら」


「…………」


「友達が蔑ろにされてないか、見張りの意味も兼ねて……。そうすれば、安心できると思いますよ?」


「けど……邪魔になるし」


「でも、気になるんですよね?」


「……まぁ。それは……」



 厳島は言葉に詰まり黙り込む。

 何度か俺と視線が合うと、バツが悪そうに目を伏せてしまう。


 そんな状況にしびれを切らしたのか、七菜香が厳島の横に行く。

 彼女の肩に手を置いて、満面の笑みを浮かべた。



「無理にとは言いませんよ? 私たちの『ラブラブな様子を見るのが怖くて耐えられない〜!』ってことでしたら、仕方ありません。いくら友達でも、難しいものは難しいですよ。あ、でも、私からしたら友達に対する気持ちはなんだと思うと拍子抜けしちゃいますけどね」


「…………っく」


「どうかしました?」


「いくっ! 私も行くから。友達を大切に思うのは負けない」


「無理しなくていいですよ?」


「無理じゃない。女に二言はないから」


「そうでしたか! では、みんなで参りましょうね。これは週末が楽しみです」



 七菜香の表情がパッと明るくなり、嬉しそうに手をパチパチと叩いた。対照的に厳島は額に手を当て、大きなため息をつき口元を歪ませている。その様子からも分かるように、七菜香の思い通りに事が進んだのだろう。


 ……マジでウチの妹は煽るよなぁ。

 いつも冷静な厳島が乱されっぱなしだよ。



「では、私はこれで失礼しますね? 皆様もまた今度。かずくんは、また連絡します」


「お、おう。またな」


「はいっ! ではでは〜」



 そう言って七菜香は自分の学校に向かおうとした。

 だが、一歩進んだところでこちらを振り向き、厳島に視線を向ける。



「私、デートを楽しみにしてますから。ドタキャンとかやめてくださいね?」


「しない……。約束は守るから」


「それはよかったです」



 にこりと笑みを見せ、七菜香は振り返らずに去って行った。


 厳島は七菜香の姿が小さくなるのを確認すると大きなため息をつき、肩をすくめた。

 それから、俺の横にやってきて「後で相談。話もあるから」と言い、顔を赤く染めた厳島は足早に昇降口へ向かってしまった。

 残された俺とワンコロは立ち尽くし、そして視線を交わす。



「とりあえず、俺たちも行くか。どっと疲れた気がする……」


「そうだなぁ。なんか色々と怖いものを見た気がするぜぇ。でもよー」


「……うん?」


「4人で遊ぶのは楽しみだなッ!! テンションが上がるぜぇぇ〜っ」


「お前はお気楽でいいよなぁ……」



 るんるん気分のワンコロを見て、俺は嘆息した。

 けど、この時だけは彼の能天気っぷりが羨ましく思えたのだった。


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