第13話 厳島夕莉のカミングアウト
「私、行くって……言ってしまったんだけど?」
放課後、いつものように部室でゲームをしていると、厳島が不貞腐れように頰を膨らませて、そんなことを言ってきた。
そして、俺の近くに座り何度も突いてくる。
「いや、俺に聞くなよ。ってか、なんでキレ気味??」
「一輝の彼女の煽りにムキになるなんて……はぁぁ。自己嫌悪しそうー……」
「まぁまぁ」
「なんで当事者が一番、落ち着いてるの? あんたが原因なんだけどー」
「いてて、脇腹を突くなよ……」
さらにむすっとして何度も突いてくる。
そんな強くやってはいないが、地味に痛い。
でも、普段は大人っぽいだけに、その仕草が可愛らしく見える。
喩えるなら、猫が玩具で遊んでいて、その拍子に爪が当たってしまった……みたいな感じだ。
その程度に思えてくると不思議と痛みはなくなってくる。
俺が微笑ましい気持ちで厳島を見ていると、こちらにジト目を向けていた。
「何、ニヤニヤしてんの?」
「いやー……別に」
「嘘だ。絶対に変なこと考えてたよ」
「ソンナワケナイ」
「誤魔化しかた下手すぎじゃない?」
俺の下手な誤魔化し方に厳島は苦笑した。
でも、笑いはしたものこ表情は未だに固い。
「まぁ、せっかくだし楽しむことにしようぜ。厳島と付き合いは長いけど、外で遊ぶなんて初めてじゃん?」
「それはそうなんだけど……ね」
「煮え切らない様子だなぁ。もし、本当に嫌ならいいんだぞ? 俺から七菜香に言っておくし、アイツの煽りに乗る必要はないんだからさ」
「一輝と遊ぶのは嫌じゃないから、行こうとは思うよ。それに、これで行かなきゃ……。今度会った時に、かなり回りくどくネチネチと言ってきそうだから……」
「ははは……。それは、ありそうだな」
人の弱味や傷を見つけたら、塩を塗りまくりそうだもんな。
相手のウィークポイントをつくのとかマジで上手い……。
兄の俺から見ても、絶壁ってこと以外に欠点がない。
「今日、話してみて、余計に彼女さんのことがわからなくなったんだけど……。一輝、ちょっと聞いてもいい?」
「まぁ、別にいいけど」
「一輝は、どういうところが好きになったわけ?」
「付き合うのに理由なんていらないだろ? スピリチュアル的なものに惹かれて——」
「適当なこと言わない」
はぐらかそうとしたら、すぐに止められたな……。
俺の様子を窺うような視線を向けてくる。
彼女な大きな瞳を真っ直ぐに向けられ、それを見ているとたじろいでしまった。
「だってさ。一ノ瀬さんってかなり気が強いよね。口も……煽り性能高いし……」
「厳島も見事に乗せられてたほどだもんなぁ。冷静沈着でとにかくマイペースで融通が利かないのが厳島なのにね」
「……なんか言葉に棘がない?」
「客観的な事実だろ〜」
「ま、まぁ確かにそうだけど……。考えたら、また悔しくなってきた」
「まぁ正直なところ、厳島が言い負けても仕方ないよ。七菜香って口が達者だし。俺だって言いくるめられることはあるしな」
「ふーん。じゃあ一輝は、すでに尻にひかれてるわけね」
「ま、男なんてそんなもんだろ」
「諦めないでよ。っていうか、一輝って気が強い人は苦手とか昔に言ってなかった?」
「そうだったか? だとしても、好みって変わるもんだよ」
「巨乳好きなのも?」
「……ノーコメントで」
なんで、俺が巨乳好きってことになってるんだよ。
ワンコロから渡される宝にそういうのが多いってだけで…………。
なるほど——噂の原因はワンコロか。
うん。今度しめる。
そう決意していると、横からため息が聞こえてきた。
「はぁ……。けど、本当にどうしよう」
「まだ行くことに悩んでるのか? 確かに、外で遊ぶのはインドア派としてはちょっと気が滅入るけどさ」
「それは私もそうだけど……。もっと困ってるとこがあって……」
「困ってること? 金がなくて実は遊べないとか?」
「……そうじゃなくて、その……」
いつもの無表情っぷりが嘘みたいに弱々しい。
俺がじーっと見つめると、言いづらそうにしてしまう。
「歯切れが悪いなぁ〜。話しづらいことなら無理にとは言わないけど」
「一輝ならいいんだけど。ただ——」
「ただ?」
「えっと……誰にも言わない? 言わないなら話す……もちろん、一ノ瀬にもダメ」
「わかったわかった。絶対に言わない」
「破ったら口にトラフグを突っ込むから」
「……普通に死ぬやつじゃん、それ」
何、その新手の約束の仕方……?
一発KO……食べさせられたら、昇天間違いなしだよ。
俺は肩をすくめ「絶対に言わない。約束する」と言うと、おずおすと口を開いた。
「笑わないでね……。実は、私服がほとんどない」
「なんだ、そんなことか」
俺の反応が予想外だったのか、厳島は目を丸くした。
けど、俺からしたら驚くことではない。
厳島の性格を考えると『だろうな』という感想しか出てこないんだよなぁ。
そんな俺の考えを知りもしない厳島は、あたふた様子で詰め寄ってきた。
「そんなことって……! だって、今時の高校生でそんな子いないじゃん。普通に恥ずかしくない?」
「そうか? 制服で過ごすことが多いし、私服を着る機会なんて休日ぐらいだ。サブカル女子の厳島は、どうせ趣味に金を使ってんだろ?」
「ゔぅ……正解……」
厳島はしゅんとした様子で落ち込んでしまった。
見た目的には女子力が高そうに見えるけど、そういう面はイマイチなんだろう。
服とか興味なさそうだもんなぁー。
でも一応、何を持ってるか聞いてみるか。
「ちなみに服って何がある?」
「ジャージ……。しかも、中学の時の……」
「うわぁ……」
「そ、そんな残念な人を見る目をしないでよ。まさか自分に出掛ける日が来るなんて思ってもなかったんだからっ!」
「ちょ、ちょっと近いって……色々と……」
「あ……ごめん」
厳島はハッとして、俺から距離をとる。
それから恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
いつも友達として接してるだけに、男女を意識してしまうようなこういう接近に胸がざわつく。
俺自身、顔がなんだか熱くなっていた。
……やべぇ。なんか気まずい。
ってか、なんでこんな雰囲気になってるんだよ。
俺はそんな空気を変えようと、「オッホン!」と咳払いをしてから、厳島にひとつ提案をしてみることにした。
「じゃあ厳島。今から服を買いに行くかー」
「え……今から?」
「そ。七菜香からの連絡はまだ来ないし、時間はあるだろ。場合によっては店近くで待ち合わせすればいいしさ」
「でも……それって、彼女に悪くない?」
「ま、後で七菜香には連絡しとくよ。それに——」
俺は笑いかけ、親指をぐっと立てる。
まぁこのぐらいやってもバチは当たらないだろう。
もし、七菜香に言われたら謝ればいい。
そう考える、俺は自分の荷物をまとめ始めた。
「困ってる友達は放っておけないだろ?」
「友達……そっか。ありがと、一輝」
「おう」
俺は、七菜香に『ちょっと買い物してくる』とだけ送る。
そして、妹からすぐに返ってきたメッセージに『おっけー。厳島さんによろしく』と書いてあったのには——流石にビビった。
……まさか、今のやりとり見てないよな?
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