第14話 放課後、服を買いに
服を買いに来た俺と厳島は、電車に乗り大型ショッピングモールまで来ていた。そこは端から端までかなり長く、一日では全て見切れない程広い場所である。
まぁここなら、何かしらあるだろうと思い来たわけだが……。
中々、買う服が決まらずにいた。
厳島は新しく服を手に取り、やや照れくさそうにして自分の体に当てる。そして、眉間にしわを寄せ、うーんと唸る……みたいなのことを繰り返していた。
「難しい……。なんで女性物ってこんなに種類が多いの? これじゃどれがいいか、わからないんだけど」
「まぁまぁ、気持ちはわかるが試してみないことには始まらないからな。色々と試着で試してみようぜ」
「試着……めんどいね。はぁ……」
「めんどくさがるなよ。試着しないなら、たとえ『いいかも!』って思っても衝動買いしないほうがいいよ」
考えずに買うと、サイズが実は合わなかったとかで後悔するからな。
似てる表記でも騙されないことが重要だし、厳島にはその辺をわかってもらおう。
「わかったけど。私は慣れてないし、選ぶとかのセンスは皆無だよ」
「まっ、そこら辺は俺に任せろよ。何個か籠に入れてみたし……あ、でもサイズはわからないからそこだけは確認よろしく。その他で考えたいなら、雑誌とかマネキンのコーディネートを真似してもいいと思うよ」
「雑誌は流石に……」
「そうか? 色々載ってるから参考にはいいけどなぁ」
「見る分にはいいかもだけど。それ見て同じのを着るなんてことは、ハードルが高くない? 私にそういうのって絶対に合わないって」
「いやいや、着る前からそんな先入観はいらんいらん」
「先入観?」
「ああ。ほら、喩えばだけど……。モデルが着てるとどんなダサい服でも『これはこれでアリでは?』って周囲が評価するだろ? モデルっていうカテゴリーに属するだけで、そういうアドバンテージを得るんだよ。つまりは、着ない限りは見えてこないってこと」
厳島は「なるほど……」と、神妙な様子で呟いた。
どんなにダサい服でも着ている人が一流なら、かっこよく見えてしまう。
イケメン補正や美人補正というものだ。
だから、その点を考慮すれば厳島は——
「だったら、私の場合は似合う服がないね」
「ま、そう考えると厳島は何でも似合いそうだけどな」
同時に真逆のことを言い出した俺と厳島。
意見が対立したからか、お互いにムッとした表情で睨み合う。
……というよりは、単に意地の張り合いなのかもしれない。
「お世辞はいいよ」
「あほか。変な謙遜は嫌味にしか聞こえねぇって」
「でもさ。本当に……」
「いやマジで、厳島の場合は似合う服が多いだろ。素材だけは冗談抜きでいいと思うぞ」
「素材だけという部分に棘があるような気がするけど……。まぁとりあえず……ありがと」
素っ気なく可愛げのない態度の厳島だが、耳はほんのりと赤く染まっていて、それがおかしかった。
……素直に認めればいいのに。
厳島は、見た目に関する自己評価は高くないんだよなぁ。
「とりあえず、いくつか選んだのがあるからさ。それを試着してみるのがいいんじゃないか?」
「一輝がとってきた服だよね……。ねぇ、それってどうしても着なきゃダメ?」
「だーめ。ま、諦めて着てくれ」
「はぁ……。一輝の前でファッションショーをするなんて……」
「ほらほら、とにかく行ってこい。ちゃんと感想は伝えるからさ」
「うん……」
俺は躊躇いを見せる厳島の背中を押し、そのまま試着室に押し込んだ。カーテン越しに彼女の「はぁ」というため息が聞こえてくる。
いやいや、どんだけ嫌なんだよ……。
俺は苦笑し、出てくるのをゆっくりと待つことにした。
――10分後。
あくまで冷静を貫いているが内心では、相当緊張していた。
服屋に来たのも久しぶりで、今まで来たとしても妹の付き添いぐらいだ。
色々と連れまわされ、何故か商品知識が増えていく……そんな感じでドキドキとかは皆無な状況だった。
でも——今は違う。
試着室から聞こえる布の擦れる音。
服が床に落ちる音。
普段は気にも留めないような音を何故か耳が拾ってしまう。
……くそ、落ち着け。
たかが服、布だ。
友人と出掛けたぐらいで緊張すんなよ。
そう言い聞かせて緊張を押さえようとした。
その時、「着たけど……」と消えそうなぐらい小さい声が耳に届く。
俺は試着室のカーテンを開ける前に「開けるぞー」と声を掛けた。
だが、カーテンが押さえられてしまった。
「ダメ……」
「おい、開けてくれないと見えないんだが……」
「それは、わかってるけど」
「うん?」
「……わ、笑わないでよね」
厳島は自信なさそうにゆっくりとカーテンを開ける。
唇を噛み、恐る恐るといった感じだ。
「どう……?」
「…………」
ようやく姿を現した厳島を見て、時が止まったように固まってしまった。
厳島が着ているのはふわふわ系の服と言うよりは、どちらかというとボーイッシュな服装である。
クールな印象がついよい彼女だからそれを選んだわけだが……。
大きめのシルエットが特徴のTシャツがワンピースのようになっていて、彼女の白くて細い脚が惜しげもなく披露されている……そんな恰好。
それは、いつの間にか近くから覗いていた店員達が、思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどの出来だった。
まさか、こんなに似合うなんて……。
制服じゃないとまた違うな……。
これなら他に合う服もたくさん……
俺はそんなことを思いながら、彼女をじっと見る。
厳島は、赤くなっている顔を更に赤く染めた。ぷるぷると小刻みに震え、今にも泣きだしそうである。
「……何か言ってよ。黙られると恥ずかしくて死にそうなんだけど」
「あ、いや、すまん。驚いて声が出なかったというか」
「さっきから顔を反らしてるし……あ、やはり似合わない……よね」
「いや、その逆で」
「……え、逆?」
「正直、似合い過ぎてて言葉を失った」
俺が隠すこともなくストレートに伝える。
途端、厳島は「な、な、な……」という言葉を口にしながら湯気が出そうなぐらい赤くなってしまった。
そして数秒の沈黙の後、カーテンを閉めて姿が確認できなくなってしまった。
表情が見えなくなった厳島から「ねぇ一輝」と、いつものような素っ気ない声で呼ぶ声が聞こえてきた。
「どうしたー?」
「一輝って何で……そんなにハッキリと言うのかな」
「似合うものを似合うって言って悪いことはないだろー」
「知ってるけど、それを知ってるから……」
「うん? 何か不満があ――?」
「なんでもないからっ!」
厳島が黙ってしまい、何とも言えない静けさが訪れる。
そして、静寂の中に布の擦れる音だけが響いた。
「それ買うのかー?」
「……買う」
何かを堪えるような彼女の声。
それに首を傾げながら出てくのを待つ。
しばらくしてから出てきた厳島は、試着した服を含めて俺がオススメした物の数点を購入したのだった。
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