第15話 ワンコロの飼い主(?)登場


「ここって、涼しくていい」


「確かに、適度に風が吹いてるもんな。なんか、気を抜くと寝ちゃいそうになるかもしれない……」


「外だけど、寝るのも悪くないね」


「ははっ。そうだな~」



 買い物を終えた俺と厳島は、ショッピングモールの外にある広場で時間をつぶしていた。


 ベンチに座り、目の前に流れる川を眺めながら二人でぼーっとしている。特に何かしてるわけではないが、このゆったりとした時間に何とも言えない居心地の良さを感じていた。


 俺は顔を上げ、視線を上空に向ける。

 陽が傾き始めているからか、空は茜色に染まっていて空の奥の方には群青色が薄らと見えていた。


 とても和む時間だ……。

 けど、その前にひとつ言いたい。



 ――七菜香のやつ遅くね!?!?

 いつまで待たせるつもりだよ!!


 と、俺は心の中で一向にくる気配のない妹に文句を言った。


 買い物が終わっても、まだ七菜香からの連絡が来ていない。

 一応、数分前に『もうちょい待ってて』と連絡は来ていたが……それから音沙汰がなく、正直困っている。


 厳島にはそのこと話したら、なんだか複雑そうな表情をしていた。



「ねぇ。まだ、彼女さんから連絡が来ない?」


「来てない。いつまで待たせるんだよって感じだよなー」


「用事があるなら仕方ない。でも、連絡を寄越さないのは困るね。話してみた印象で、時間に煩そうに感じたけど違う?」


「いや、あってるよ。どちらかと言うと時間にルーズで怒られるのは俺だし」


「だよね。簡単に想像できる」


「おい、そこは否定してくれよ」



 俺のツッコミに厳島はくすっと小さく笑った。



「でもどうすっかな。七菜香はここに来るみたいなこと言ってたから、下手に動けないし」


「ここから動くことをメッセージで伝えたら?」


「残念ながらもう試したんだよ。電源を切ってるみたいで全く繋がらない」


「そっか……」



 送ったメッセージも既読にならないし……。

 本当に何をやってるんだ?


 普段はあれだけレスポンスが早いから、不安なんだが……。

 なんか悪だくみを考えていないよな?

 杞憂だったらいいんだけど。


 俺がそんなことを思って考えていると、横から“クシャ”と紙袋をの音が聞こえてきた。

 そのことが気になり、横目で厳島を見る。

 膝の上に置いた服を大事そうに抱え、じーっと見つめていた。


 俺が見ていることに気づいていないのだろう。

 いつものような無表情ではなく厳島は、嬉しそうにはにかんでいた。



「よかったな。いいのが見つかって」



 声を掛けると身体をびくっと跳ねさせ、「え、あ……うん」と慌てた様子で返事をした。それから、少しの黙り込み。いつも通りに戻ってから俺の肩を遠慮気味に突いてきた。



「今日はありがと」


「おう。いいのがあってよかった」


「うん、一輝のお陰。服を買うなんて私ひとりじゃ出来なかったから」


「ははっ。服屋って行き慣れてないと買うのも微妙な恥ずかしさがあるし……、店員に話しかけられたら焦るよな。適当に相槌を打って気まずくなるのが目に見えてるわ」


「私だったら逃げて、二度と来ない気がする」


「いやいや。厳島はきっと徹底的な無反応で店員を困らせる方だと思うぞ。仏頂面に、何も聞かなかったような顔をし続けているとかさ」


「ふふ。たしかにその通りかも、よくわかってるね」


「ま、それなりに付き合いが長いからな」


「そだね」



 二人して見合っておかしそうにくすりとした。




「思ったけど。何気にゲームを途中で切り上げて、別の場所にいるなんて初めてじゃないか?」


「そうかも。こんなにいろいろ買ったのも……初めてだね」


「そっかそっか。んで、こういう人混みに来ての感想は?」


「疲れたよ。平日なのに人多い……。『道を塞ぐなー』って何度思ったことか」


「ハハハ! 厳島らしいな、その反応」


「……なんか、凄く馬鹿にした気がするんだけど」


「してないしてない……ぷぷっ」


「してるじゃん。まったく……」



 子供のように頬を膨らまして、不満そうな顔をする。

 そのぷくっとさせた頬を触って空気を抜こうとすると、頭をコツンと手に当てられ阻まれてしまった。



「たまには悪くないって思ったよ。こういう人が多いとこも」


「そりゃあ、よかった」


「勿論、ひとりでは絶対に行きたくないけど」


「ははっ。それは同感。俺もひとりじゃ行かないな。今回は厳島だから一緒に行ったわけだし」


「……照れるような言い方しないでよ」


「めんごめんご〜」



 俺が茶化すように言うと、厳島は『まったく』と不満そうに言う。

 も、口元が緩んでることから、嫌な気持ちは特になさそうだ。


 女友達と過ごすこういう時間も悪くない。

 それが、厳島も同じだったというのが素直に嬉しかった。

 性別は違うけど、どこか似た者同士……だからこそ、気が合うかもしれない。


 そんなことを思いながら、俺は再び空を見上げるとそのタイミングで厳島が声をかけてきた。



「そうだ一輝。ひとつ、疑問に思ったことがあったんだけど聞いていい?」


「なんだよもったいぶって。遠慮せずに聞けよー」


「じゃあ聞くけど。なんで、こんなに女子の服を選ぶのが上手いの?」


「………………」


「答えにくかった?」


「…………いや、簡単に言うと彼女のお陰かな」



 ほんの少し間が開いて口から出た言葉に、厳島の目が鋭くなった気がした。


 嘘は言っていない。

 俺が服に詳しいのは、七菜香が買ったものを見せられたり、当然買い物に付き合わされたりと、長年の習慣のお陰である。

 美意識が高い身内によるある意味で英才教育を受けていたと言っても過言ではない。


 そんな理由をペラペラと話せるわけもなく、それでどもってしまったわけだ。

 しかし、そうなると厳島は疑問が浮かぶわけで、俺に続いて質問を投げかけてくる。



「直ぐ身につくもの?」


「ほら、あれだよ。長年の習慣みたいな……? 選ばされたりどの服がいいか聞かれる機会が多くてさ。ま、七菜香のお陰だな」


「そうなんだ…………って、そんな習慣は中々ないと思うんだけど?」


「そうか? 付き合っていたらあると思うぞ?」


「付き合ったのつい最近じゃなかった?」


「知り合いの期間は長いからな」


「ふーん……」



 神妙な顔で考え込む厳島を見てると、背中には嫌な汗が浮かんでいる。

 焦燥感が動悸を激しくさせるが、厳島はそんな俺の焦りとは裏腹に納得した雰囲気を醸し出して、『そういうこと』と呟いた。


 ……よかった。

 かなりヒヤッとしたが大丈夫だったみたいだ。


 俺は、話の流れを変えようとスマホで時間を確認する。

 それから厳島に話しかけた。



「そういえば厳島は帰る時間って大丈夫か? 俺に付き合っていたら遅くなるかもしれないけど……」


「別にいい。なんかこうしてるのも、悪くないから」


「それならいいけど。まぁ帰りたかったら遠慮なく言ってくれ」


「うん。その時は、そうする」



 どうやら帰るきはないらしい。

 俺としては一緒にいたら楽しいことが多いから嬉しい……筈なんだけど、また追及されるかと思うと、微妙な気分だった。



「助けてくれぇぇええ!!」



 突然、今の雰囲気をぶち壊す叫び声が耳に届く……。

 厳島とは目が合い彼女も顔を引きつらせていた。

 互いにため息をつき、声の主がいる方向を見ると、遠くから全速力で駆けてくる元気で馬鹿な悪友の姿がそこにはあった。


 ワンコロは俺の後ろからやってくると両手を頭の前で合わせて、必死な様子を見せてきた。



「頼む一輝! 俺を匿ってくれぇ!」


「何があったんだよ」


「いや、理由を聞かずに頼むぜ!! この通りだ!!」 


「頭下げて、言われてもなぁ~……。な、厳島」


「うん。デジャヴ過ぎて、もうこの後の展開が見えてる」


「お前ら何言って――」



 ワンコロの背後から、石を踏んだ時に鳴る“じゃり”っと音が聞こえた。

 途端、顔が青くなりワンコロは恐る恐る後ろを振り向く。



「見つけたわよ、ワンワン……。いい加減、先生のところに行くからねッ!!」


「げっ……この鬼」


「誰が鬼よ! あんたのせいでこうなってるんだからっ!!」


「「ほら……言わんこっちゃない」」



 俺と厳島はため息をつく。

 そして犬飼の後ろで腰に手を当て、逃がすまいとしている人と目が合った。



「飼い主は、リードでも着けてちゃんと犬の面倒みとけよー」


「勝手に飼い主にしないで——って、あれぇ?? かずっちにゆうちゃん!? こんなとこで何やってんの??」


「それはこっちの台詞だよ」



 ワンコロの首元を掴んでいるのは、同じクラスの委員長で同じ同好会の仲間でもある——古庄美由紀ふるしょうみゆきだった。



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