第24話 焼肉には、必ずうるさい奴がいる



「青春の炎は熱く燃えているかぁああああ!!」



 ワンコロが俺の隣で、そう叫び声を出した。

 魂が赴くままに、本能のままにテンションを上げているようである。


 まぁ、久しぶりでテンションが上がるのも理解できるし……ここは。



「お——」


「かずくん。お店ではお静かにお願いします」


「周りの迷惑を考えようね?」


「……はい。すいません」



 叫ぶ前に止められてしまった。


 正論だ。

 確かに正論だけど…… 。

 ワンコロを無視して俺だけ言わなくても……。


 俺はため息をつき、目の前の網に視線を移した。


 俺達は今日の遊びのしめとして、焼肉店に来ていた。

 ワンコロの『やっぱり運動の後は肉だろ!!』という意見が採用され、ここになったというわけだ。


 俺は、網に特上カルビを一枚一枚丁寧に置いていく。

 そして炎の強さ、焼けやすい場所に気をつけながらひっくり返した。



「一輝まだかよぉ〜? 腹が減ってくっつきそうだぜ……」


「ちょっと待ってな。もうそろそろ」


「これ、いけるのではないでしょうか?」



 七菜香が肉を取ろうと箸で掴もうとした。

 そこを俺は——



「めっ!」


「きゃっ!?」



 頭にデコピンをして動きを止めさせた。

 普段出さないような可愛い声を出してしまい、俺を責めるような目で七菜香が見てくる。


 だが、今日の俺は譲らない。



「一輝って料理関係には煩いよね。なんか焼肉奉行みたいな?」


「ふっふっふ、当たり前だ。食材にはそれに適した調理法、そして最高のタイミングというものがある。俺はそれを見逃さない」



 俺はキメ顔で3人を見る。

 厳島はくすりと笑い、七菜香はさっきのことを気にしているのか『謝るまで話しませんからね』という表情をしていた。


 ちなみにワンコロは、餌を目の前でお預けにされた犬のように「ハァハァ}言っている。



「料理が出来る男子って、それだけでなんかいいよね」


「だろだろ〜。厳島はもっと褒めてくれてもいいからな?」


「すごいねー」



 若干、棒読みではあるがパチパチと拍手をしてくれる。

 少し照れ臭そうにしているところを見ると、このテンションに合わせようとしてくれているようだ。



「よし、厳島には……。この特上カルビを三枚あげよう」


「ありがと」


「ちょ、ちょっとかずくん!? それ、私が狙っていたお肉です!」



 七菜香は俺を止めようとするが……残念。

 すでに厳島の皿の上だ。



「厳島さん。それは私に渡して下さい」



 厳島が七菜香をチラリと見る。

 そして、「ふっ」と笑うと七菜香にあげることなく特上カルビを食べてしまった。


 七菜香は唖然としている。

 きっと、一枚ぐらいはくれると思っていたのだろう。



「一ノ瀬さん。これは弱肉強食……弱い奴は生き残れない」



 厳島は肉を咀嚼しながら幸せそうな顔をした。



「いいじゃないですか一枚ぐらい、厳島は案外ケチですね」


 少し挑発するように言う七菜香。

 いつもの厳島ならここでムキになるだろう。

 しかし、その様子は全くない。



「一ノ瀬さんはわかってない。今のあなたはまさに崖っぷちだよ?」


「ど、どういうことですか?」


「答えは簡単。それは神に背いたから。これ、おいしい」



 厳島は次に焼かれていたタンを塩で食べる。

 この様子、どうやら厳島は気がついているようだな。

 七菜香は厳島の言葉が釈然としないのだろう。

 首を傾げ、難しい顔をしていた。



「神?」


「一ノ瀬さんは焼肉において神とはなんだと思う?」


「焼肉においてですか?」


「そう」



 厳島の問いに首を傾げる。

 そして、しまったと言う表情になった。



「気づいたみたい。そう、この焼肉において神とは焼肉奉行のこと。だから、今は一輝の言うことが絶対」


「くっ。で、でもここから逆転は可能ですっ! 私はここから挽回できます!!」


「無理だと思うよ。既に印象はマイナススタート」


「そんなことないです! 見ててください、ほら、かずくんも食べてください。特別に恋人として食べさせてあげますから。ほら! 口を開けてください!」



 七菜香は、食べて良いゾーンに置かれた肉を一枚拾い俺の目の前に差し出す。

 食べてもいいんだけど……。


 俺は七菜香に少し意地悪することにした。

 まぁいつもの仕返しぐらい、たまにはいいだろう。



「うーん、ちょっと違うんだよなぁ」


「え、違うとはどういうことですか……?」


「いつもの一ノ瀬さんならイマイチかもね。デレがないツンデレなんて、肉がないミートパイと同じ」



 おっ、厳島も便乗してきた。

 でもその例えはどうかと……。



「誰がツンデレですかっ!? いいですか? ツンデレというものは現実には存在しないんですよ。あんな二次元の性質を語るとはまだまだですね!」


「「ソウデスネー」」


「まさかの息ぴったり!?」



 まるで示し合わせたように息が合う俺達。


 つか、七菜香の目が涙目だ。

 すぐに目を擦りあたかも「私、泣いてませんよ。目にゴミが入っただけです」と言いたげな視線で俺を睨んでくる。



「とりあえず、野菜だけ食べておけ」


「うぅ、なんだか冷たいです……。野菜はおいしいですけど……」


「50点。一ノ瀬さん、そんなありきたりで中途半端な態度では及第点はあげられない」



 厳島は俺のメガネをかけると、それをくいっとやった。


 ……女教師役とか似合いそうだな。

 それもドS系で『こんな問題すら解けないなんてカエル以下ね。あ、それではカエルに失礼だわ』的な。


 そんなことを考えていると、厳島は俺の顔をじーっと見ていた。



「私は教員免許の取得をしないから。一輝が考えているような展開にはならないよ」


「ハハハ……。なんのことやら」


「顔に出てるし、わかりやすい。とりあえず一ノ瀬さんは、食べたいなら可愛い女の子のフリでもしてみたら? そうすれば、一輝は機嫌を直して色々としてくれるかも」


「可愛い女の子ですか……って、その言い方だと普段の私にその要素がないみたいじゃないですか」


「その通りだけど? まさか自覚がない」


「うっ……でもどうしたら」


「例えばぶりっ子の真似をしてみたらどう? 試しに『かずくん、七菜香も食べたいなぁ〜。えへへぇ〜』って言ってみてよ」


「え。それはちょっと……」


「それやらないと食べられないと思うよ? ほら、見て見なよ。一輝の期待する顔を……」



 七菜香が頭を抱えて悩み出す。

 自分の中で葛藤しているのだろう。



「わかりました……。ただし1回だけですからねっ!」



 俺は箸を止め七菜香を注視する。

 ワンコロと厳島まで、興味津々といった様子で成り行きを見守っていた。

 七菜香は「こほん」と可愛らしく咳払いをすると、赤く染めた顔をさらに紅潮させる。


 そして――。



「かずく~ん。七菜香もお肉食べたいなぁ。ダメぇ~?」



 と、上目遣いで言ってきた。

 普段、こんなことを言ってこないだけに可愛さがある。

 ……これはこれはでアリだな。



「仕方ないなぁ〜。七菜香のためにたくさん焼くから待っとけ!」



 俺は肉を焼き始め、焼き終わってから七菜香の皿に置いていく。

 七菜香は置かれた肉をちびちびと食べる。



「なんか味が感じられません……」


「よしっ。七菜香、次の台詞を言ってみよう!」


「嫌ですよ! 1回って言ったじゃないですか!?」


「へいへーい! かもんかもん!!」


「なんでそんなにノリノリなんですか!! そんな煽られてもうやりませんよ!」



 七菜香はそっぽを向いてしまった。


 けど、耳まで真っ赤だな。

 相当恥ずかしかったのだろう。



「ほんと、仲がいいね。一輝と一ノ瀬さんって」


「そうか?」


「うん。なんか羨ましい」


「馬鹿なやりとりが多いけどな」


「そうだね。でも、それがいいんだよ」



 厳島はそう呟いて、それからは目の前のやりとりをぼんやりと眺めているようだった。

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