第3話 妹は負けず嫌い



「とりあえず、彼氏のフリをするけど。具体的にどうすればいい? 正直、俺は役に立たないぞ? 夢見るチェリーだし」


「私にバレたことで開き直ってますね。妹にそんな話をするなんて……普通に気持ち悪い————あ」


「はい、俺の勝ち〜」



 テレビの画面に勝ったプレイヤーを讃えるWINが表示される。

 それを見た七菜香は、悔しそうに唇を噛んだ。


 まだまだ甘いな。

 こんなんで集中力を乱すなんて。


 俺は、七菜香の方を向いてニヤリと笑って見せると、不服そうに口を尖らせた。



「卑怯ですよっ! 動揺を誘うなんて!」


「ハッハッハ、最終的に勝てばいいんだよ。勝者は全て正しい!」


「はぁ……台詞が完全に悪役ですね。では兄さん、もう一度勝負です」


「何度も来い、返り討ちにしてやるよ」



 俺と七菜香はキャラクターを選び、再び対戦を始める。


 相変わらず負けず嫌いだなぁー。

 ムキになる七菜香を見ると思わず苦笑してしまう。


 そう、俺と七菜香はゲームをしながら『彼氏のフリについて」の相談をしていた。


『普通に話せよ!』ってツッコミがあるかもしれない。

 だが、こんな小っ恥ずかしいことは面と向かって兄妹で話すのは厳しいってもんだ。


 だから兄妹共にゲームが好きということもあって、画面を見ながら話しづらいことを話するというわけである。



「恋人のフリと言っても、特に今からやる必要はないと思いますよ」


「あからさまだからか?」


「それもありますが、それ以前に兄さんと学校が違いますから」


「確かに、それもそうか」



 俺は共学で七菜香は女子校。

 だから、学校が近いと言っても、同じ敷地内にいるわけじゃないから常に騙す必要はない。


 そう思うと、この彼氏のフリっていうのは楽かもな。

 行き帰りで妹と普通に帰ると思えば、恥ずかしさもないだろう。



「じゃあ、とりあえず登下校ってことだな。俺の方が帰りが早ければ迎えに行けばいいだろ?」


「そうですね。それでお願いします」


「んーと、他に気をつけることはある?」


「いえ、細かいところは私が気をつければいいので」


「普段は兄さんと呼ぶのに、彼氏のフリをする時は『かずくん』だもんな。俺が同じ立場だったら、つい口が滑ってしまいそうだわ~」


「兄さん、隠すのとか下手ですもんね。パソコンの中身といい、広辞苑の344ページ目といい」


「お前はマジでどこまで知ってんの!?!? ってか、部屋へ勝手に入るなよ!」


「辞書とか勉強道具は兄さんの部屋ですから、仕方ないですよ」


「だったら用事だけ済ましてくれ!!」



 俺が頭を抱えて悶えていると、七菜香はおかしそうに笑う。


 こいつ、絶対に他のことも知ってるよな。

 自分のプライベートが丸裸にされて、俺のライフはゼロだよ……。


 俺は、はぁと大きく息を吐いた。



「まぁ残念な兄さんのことは一旦置いておいて、念には念を入れて練習でもしておきましょうか」


「おいとくなよ……ってか、練習?」


「そうです。兄さんはアドリブが苦手でしょうから、困った時の緊急対応を決めておこうと思いまして」


「緊急対応ね~。俺が七菜香みたいに」


「会話をスムーズに終わらせて、逃げ切るための方法です」


「なんでも七菜香みたいに作れるのは稀だからな? 普通は無理だって……。だからすげぇよな、マジで」


「そうですか? 私からしたら兄さんの方が羨ましいですけど」


「そうか?」


「そういうもんです。兄さんみたいに飾らなくても受け入れられるのって、案外難しいんですよ」



 七菜香はため息まじりにそう言うと、俺の前に立ち指をビシッと向けてきた。

 ちなみにドヤ顔なのは、たった今、俺に勝ったからである。



「さて……とりあえず、私が何か言ったら兄さんは『最高だな!』とテンションで強弱をつけて言ってください」


「え、そんなんで会話がどうにかなるもんなのか?」


「なりますよ。試しにやってみます?」


「うーん。まぁ、一応……」



 そんなんでどうにかなるのか?

 俺は、疑問を感じつつ七菜香に合わせることにした。



「では行きます……。かずくんはカレーが好きですよね」


「最高だな」


「趣味は料理?」


「最高だな!!」


「昼寝はいいですよね~」


「最高だなぁ~……。って、こんなんでいいのか……?」


「はい。これで完璧ですね。あらゆる局面を乗り切ることが出来ます」



 自信満々な様子で言う七菜香。

 確かに会話は成立しているように思えるが……。



「兄さんの心配も分かりますが、人って案外会話の中身を右から左に受け流しているんですよ。世の中、みんなテキトーです。基本、テンションで乗り越えられちゃいます」


「すげぇ、暴論だな。どう考えても乗り越えれる気がしないって……」


「不服そうですね」


「そりゃあな」


「まぁさっきの会話例は冗談ですよ。実際には、話に違和感がないようにパスしますから、任せてください」



 俺の不安を他所に、妹は小さい胸を張って堂々たる態度である。

 これだけ自信があるなら、任せても大丈夫か。

 元より、一度やるって決めたわけだしな。



「そういうことで、明日の朝からお願いしますね」


「不安しかないけどなぁ~……って、あ……」


「ふふっ。今度は私の勝ちです。これで今日は20勝20敗……次で勝ち越してみせますっ!」


「おいおい、まだやるのかよ……」


「当たり前です。負けるのは私のポリシーに反しますので」


「へいへい」



 一度言い出したら引かない頑固な妹。

 俺は諦めてゲームの続きをすることにした。


 ちなみに、この後は夜更かしをすることになったのは言うまでもない。


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