第39話 次から次へとやってくる


「着いたよ。ここが俺の部屋」



 色々言ってくる母さんを無視する形で上に来た。

 ドアを開けるために厳島から手を離すと、「あ」と寂しそうな声を漏らした気がした。

 それに反応して俺が厳島の顔を見ると、顔を伏せてしまう。



「急にごめんな」


「ううん……ここが一輝の部屋?」


「ああ。でも、何もない部屋だからつまらないと思うぞ」


「そう? 私的には興味深いけど……例えばコレとか」



 厳島は目をキラキラさせながら、床に転がっている筋トレ器具を指差した。



「普通のダンベルだけど……」


「それはわかるよ。一輝って筋肉質だから、やっぱり鍛えてたんだね」


「まぁ人並みにはなぁ」


「ちょっとやってみてよ。見てみたい」


「こんな感じかな……一応」



 俺は、ダンベルを持ち腕を曲げたり伸ばしたりする。

 人に見せるなんてことは普段しないから、なんだか気恥ずかしい。

 厳島は感嘆の声をあげ、パチパチと手を叩いた。



「凄いね」


「これは凄いとかないけどな」


「そうなの? じゃあこの椅子みたいなのは??」


「これは、アジャスタブルベンチと言って多種目の筋トレをすることができるんだよ」


「へぇー。せっかくだから、ダンベルとかちょっとやってみてもいい?」


「楽しくはないと思うけど……それでいいなら」


「やった。ありがと」


「お、おう」



 厳島が俺の正面にぐいっと近いてきて言ってきたから、思わずたじろいでしまった。


 めっちゃ近い!!

 てか、いい匂いがするし……。


 厳島は深呼吸をしてからダンベルを持ち上げ——れない!?



「あ、一輝……。す、凄く重たいっ」



 まじかよ!?

 2キロ程度のやつだよ!?


 厳島が『うー』『ふー』とか言いながら頑張ってるのは、めっちゃ微笑ましく思えるんだけど。


 ってか、力なさ過ぎだろ……。

 ま、あの細腕に力があったら逆に驚きではあるけど。



「無理しなくていいんだぞ?」


「も、もう少しだけ……」



 この後、10分程やっていたが、結局上げることは出来なかった。

 ただ、最後まで諦めずにやっていたから案外負けず嫌いなのかもしれない。

 俺が止めるまで辞めようとはしなかったしね。



「はぁ、はぁ。一輝……この黒くて、硬いのが手強い……」


「ダンベルな……」



 厳島の言い方だと別のモノに聞こえてしまう。

 汗をかき、少し服が乱れているせいか、白い下着がチラッと見える。

 なんて絶妙な脱げ具合だろうか。


 しかし、これを誰かに見られたら勘違いされることだろう。


 俺はドアをチラリと見る。

 どうやら母さんはいなかったみたい……。

 母さんに見られ、勘違いされるというお約束は回避できたようだ。



「さて、下で飲み物持ってくるから厳島はそこで待っててくれ」


「……うん。ありがと」


 俺は彼女を部屋に残し、下に飲み物を取りに行く。

 とりあえず麦茶でいいかな?


 下に行くと母さんがニヤニヤした顔つきで待っていた。



「かずちゃん、下には音が響くから気をつけなさいね! 息づかい、中々荒かったわよ?」


「いらん気遣いだ!!」


「このバカ息子ー。ちゃんと彼女は大切にしないと嫌われるわよ〜? 男の子は一瞬だけど、女の子は継続時間が長いんだからねぇ」


「……なんのことか突っ込まないからな」


「ふふっ。それは知ってる人の回答よー」


「うるせー。いいから友達に迷惑をかけんな」


「はいは〜い」



 生温かい目で見てくる母さんを置いて俺は部屋に戻る。

 下で「彼女じゃないのかぁ」と落ち込んだ声が聞こえたのは気のせいだろうか……。



「厳島ー! 飲み物を持って来たぞー!」


「う、うんっ」


 俺が部屋に戻ると慌てて座り直した。

 うん?

 何かあったのか?



「ほら、とりあえず麦茶でも飲んでくれ」


「あ、うん。いただくね……」



 厳島はお茶を受け取ると俺の真横に座る。

 ぴたりとくっついて肩がぶつかるぐらいの距離だ。



「厳島、わざわざ俺の横に座らなくてもいいんだぞ?」


「嫌だったら移動する」


「……その聞き方はずるいだろ」


「じゃあ、このままで」



 厳島は少し笑いながら言った。

 なんか普段と違う厳島と2人っきりというのは緊張するな……。

 よくよく考えてみれば、俺って部屋に女子を上げたのって小学生以来なわけだし。



「……一輝。ひとつお願いがあるんだけど」


「うん、何?」


「筋トレで少し疲れてから、横になってもいい?」


「いいよ。確かに、さっきは頑張ってたもんなぁ」



 とは、言ったけど困ったな。

 横になるのはいいけど、俺のベッドを使わせるのは悪いし。

 それにベッドがもし臭かったら嫌だしね……。

 ほら、自分では自分の臭いがわからないから、そこらへん気になるんだよ。



「……じゃあ、お言葉に甘えて」



 厳島はそう言うと、胡座をかいている俺の脚を枕代わりにして横になった。



「え、厳島? 何やってんの?」


「寝てるんだよ」


「それは見ればわかるが……」



 急な出来事に頭がついて行かず、驚いてしまう。

 なんで俺の脚で寝てんの!?

 てか、俺の太股で寝られると位置がなんとも……。


 ふぅ。落ち着け俺。

 こんなことで動揺するな。

 出来る男の余裕を見せつけるんだ!



「……悪くないね、この枕」


「そ、そうか」


「何か慌ててる?」


「いや、あのさ、厳島。あまり動かないでくれるか?」


「……ダメなの?」



 俺の目をまっすぐに見つめてくる。

 まるでチワワの懐かしいCMのようだ。



「くすぐったくてさ……」



 当然、くすぐったいわけではないが……。



「わかった。じゃあ、動かない代わりに撫でてもらってもいい?」



 厳島はワンピースの胸元を少し下に引っ張り谷間を見せる。



「ど、どこを?」



 俺は生唾を飲み込んで聞く。

 まさか、胸なのか?


 いや、会ってすぐにこんなことはあるはずがない……。

 でも、状況的には……。

 めっちゃ潤んだ瞳で覗いてきている。


 実は罠か……罠なのか!?

 けど、罠とわかっても飛び込まないのは男が廃るというものだ。

 しかし……。



「さ、鎖骨辺りをお願い」



 逆にエロい!!


 …………………?

 不意に感じた既視感。


 俺はこれ、知ってるぞ……。

 ワンコロが熱く語っていたような……あ。




「おい。厳島、見ただろ……?」


「……何を?」



 とぼける厳島が体の下から何かをベッドの下へと滑らした。

 俺はそれを見逃すことなく阻止する。



 厳島が隠そうとしたのは『マニアック特集 これで貴方もイチコロ』と書かれたワンコロから渡された本だった。


 ま、お察しの通りエロ本である。

 そう、厳島の要求はこの本に載っている体験談をなぞっていたのだ……。


 俺は額に手を当てため息をついた。



「はぁ、やっぱり……。七菜香に張り合うのはいいけど、ほどほどにしとけよ」


「別に張り合ってるわけじゃない。私がこうしてみたかったから」


「こうしてみたいってどうすんだよ……。友達の俺が流れに身を任せたらさ」


「友達でもいいと思う。そこから変わることもあるし」


「変わるって……」


「それとも……私って魅力がない?」


「……そんなわけはないけど」



 俺の膝に寝転がりながら、じっと顔を見つめてくる。

 厳島は手を伸ばし、顔に触れてきた。


 誘ってるような、甘えてるような、そんな仕草に俺の胸は激しく高鳴っていた。



 だが、その時——。

 母親のテンションが上がっている声が耳に届いた。




「あら〜? 随分と可愛いじゃない!! あなたがあきちゃんの恋人? ねぇねぇ、そうなんでしょ〜??」


「いえいえ! 全然、そんなことありません!! かずっちのことなんて知りませんからっ」


「委員長さんは、会いに来たんですよ。いいですからそこを通してください」


「ななちゃん?? 今日、出かけるって言ってなかったぁー?」


「戻ってきたんです。それよりも、委員長さん行きますよ」


「あ、え、ちょっと!? ウチはまだ心の準備が……」



 あまりにも聞き覚えがある声が外から聞こえてきて、厳島は物凄く不満そうに頰を膨らませてたのだった。


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妹の頼みで偽装カップルを演じたら。 紫ユウ @inuko

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