第30話 変態はしまいましょう。


 ――放課後。

 俺とワンコロは掃除をしていた。


 ワンコロは、日頃の行いのせいで奉仕作業。

 俺はその見張りってわけである。



「こんなの早く終わらせて、遊びに行こうぜ!」

 

「誰のせいでこうなったと思ってるんだよ。巻き添えにして……」


「いいじゃねぇか! 俺と一緒にランデブーしようぜ~」


「お前は呑気だよなぁ」



 奉仕作業だと言うのに、ワンコロは随分と楽しそうだ。

 まぁ、こいつにとってはいつものことだから慣れているのだろう。

 それに、委員長が監視役じゃないから緩くできるというのもあるかもしれない。


 ……掃除に関して厳しいもんな、委員長って。



「それにしても眠いなぁ……ふわぁ」


「欠伸なんてらしくねぇな~。もしかしてあれか? 彼女が寝かせてくれない的な??」


「まぁな。最近、七菜香が色々と厳しくてな……」

 

「いいじゃねぇか。尽くされてるってことだろ~? 電話をしてて『やだ! 切らないで~』とか言われてみてぇーわ。甘えられてぇぇええ……」

 

「そうか? 甘えって言っても懐疑的なものが多いぞ」

 

「そうなのかぁー?」


「行動は逐一聞かれるし、登校の時にやたらと距離が近いとか」

 

「うん? 自慢か?」

 

「他にも、腕に絡んで来たり、電車では背中に密着して来たり」

 

「やっぱ自慢じゃん! 俺へのあてつけかよ!?」

 

「そんでもって、香水を吹きかけてきたり……」

 

「それは……よくわからねぇな」

 

「俺もわからん」


 

 香水の理由はわからないんだよなぁ。

 七菜香は『身嗜みです』って言っていたけど。



『兄さん、最近臭います』

『加齢臭……早かったですね』

『汚物って迷惑ですよね。存在そのものが……』

 

 どうしよう……こういう意味だったら立ち直れないんだが……。

 臭いを直接指摘し辛くてという可能性はあるよな。

 

 仕方ない。

 ここは、犬に頼るか。



「なぁ、ワンコロ」

 

「どした? そんな顔を青くして」

 

「俺の臭いってどう? やばかったりするか?」

 

「そうだな……」

 


 ワンコロが俺の身体を嗅いでいく。

 まるで麻薬捜査をされている気分だな。


 

「う~ん。これは柔軟剤の香りだな。あ! しかもこの匂いは……先日発売したばかりだろ?」

 

「お、おう。正解だ……。七菜香が最近買ったとか言ってたし……」

 

「なに若干引いてんだよ。ん? ちょっと待てよ」

 

「何か引っかかることでもあったのか?」

 


 ワンコロのいつにも増して真剣な表情。

 いつもお茶らけているだけに、カッコよく見える。

 もしかして、柔軟剤を通り越して臭う……俺の体臭とかがあったのか?

 


「……一輝の家には七菜香ちゃんがいるんだよな?」


「そうだよ」


「ってことは……着た服は洗濯するよな?」

 

「そりゃあするだろ。毎日同じ服を着るわけにはいかないし」

 


 俺はワンコロの質問に首を傾げる。

 質問の意図がわからない。

   

 ワンコロを見ると、ハァハァと息を荒くし目は血走っていた。

 喩えるなら飢えた狼である。


 こぇーな、おい。


 

「……お願いだ。もう一度嗅がせてくれ……ハァハァ」


「お、おい。落ち着けよ?」

 

「一輝の香りは七菜香ちゃんと同じィィィイイイ!!!」

 

「……一回落ち着け」


「ケバブッ!?」


「これで落ち着いたか?」


「はぁはぁ……。お前からの香りが美少女と同じだと思うと……この腹パンも七菜香ちゃんにやられたと思えて…………最高」


「……そうか。じゃあ、良い夢見ろよ」



 俺は、ワンコロの首に腕を回して締め上げる。

 最初は、少し抵抗を示したワンコロだが次第に抵抗を緩め、恍惚の表情を浮かべると同時にカクッと俺の腕に沈んだ。


 だらしないぐらい……幸せそうな顔をしてんなぁー。



「さて、バカ置いて部室に行くか」



  俺はワンコロを掃除ロッカーに格納し、 “猛犬注意。見境無く盛ります”と張り紙を貼っておく。


 うん。これでよしと。

 被害は押さえないとな……あ、ついでにロッカーの前に机を重ねておくか。



「ふぅ。良い仕事をしたな~」



 俺は汗を拭い、完成したバリケードを眺める。

 これで平和は守ることができたな。


 さて、七菜香が来るまで待つとするか。

 二人とも部室で待ってると思うし――――うん?


 なんだ?

 外がやたらと騒がしいような……。

 

  俺はデジャヴともいえる胸騒ぎを覚え、窓を開けて教室から外を見た。

 そうして視界に飛び込んできたのは部活に勤しんでいる人たちの姿。そして――校門には謎の人だかりで、その中心には見覚えのある人影が……。



 ……ったく、囲まれる前に連絡しろよな。



 俺が校門に向かうと、七菜香は嬉しそうに頬を赤らめて手を振ってくる。

 思い人がようやく現れたような、そんな雰囲気を醸し出し、やたらと目立っていた。



「遅いですよ。待ちくたびれてしまいました」



 目を輝かせながら俺のとこに寄ってくる。

 機嫌良さそうだな、俺と違って……。



「早くこっちに」


「きゃっ。もう、いつも強引ですね」



 七菜香の含みある言い方に周囲は色めきだった

 俺は手を引き、呆然と立ち尽くすギャラリー(男たち)を尻目に学校の外へ急いで連れ出した。



「ちょっと歩くの早いですよ?」


「……………………」


「これだからかずくんは……。もう少しレディーの扱いというものを考えるべきです。これではいつまで経っても童貞で——」


「……………………」



 ふぅ。

 校舎の裏にある林道、ここまで来れば大丈夫だろう。



「無視しないでください! 愛しの恋人がせっかく来たんですからっ」


「誰が愛しだ、誰が! ったく、帰るなら先に言えって。あんな目立つようにやってきて……また悪目立ちしたじゃねぇーか」



 ああ、恨みつらみの視線が辛い。

 中には噛み千切る勢いでハンカチを噛んでる奴がいたからな……。



「とりあえず、来る前に連絡すること」


「検討しますね」


「それはやらない奴の台詞だからな……」


「そうは言いますが、かずくんに聞いてもどうせ“ダメ”って言いましたよね」


「そりゃあ、他校の生徒が勝手に校内に入るのは不味いだろ」


「中には入ってませんよ?」


「門の前に人だかりを作るのは問題だ。あと少ししたら、先生たち来てたぞ、きっと」



 見つかったら間違いなく問題になる。

 つか、俺が手引きしたことになり、退学とかになるんじゃね?



「かずくんならそう言って止めますよね……。なので、断られる前に来ました」



 七菜香は舌をペロっと出し茶目っ気交じりで俺にウインクする。

 可愛いけど……無性に腹が立つ。



「どうしてそうなるんだよ……」


「聞いたら断られるっていう選択肢が生まれますよね?」


「ま、そうだな」


「つまり、聞かなければ“断られると言う選択”が生まれません。生まれなければ断ることも出来ませんので……私の勝ちです」


「なんだその屁理屈は!? ただ、強行突破しただけじゃないか!」


「ふふっ。さらに私にはこれがあります」



 七菜香は、ポケットから取り出した物をドヤ顔で見せつけてきた。



「これは、来賓の許可証?」


「はい! 実は、生徒会活動の一環というていで来ました」


「“てい”ということは嘘なんだろ?」


「そうですね。遊びたくて来てしまいました。えっへん!」


「……正直に話せば許されるわけじゃないからな?」



 七菜香の頭ににデコピンをお見舞いする。

 やられた妹は、目に涙を浮かべ睨むように俺を見てきた。



「痛いです……」


「躾に体罰はつきものだからな」


「いつの時代の常識ですか、それ」


「まぁ態度の悪い愚妹には、身を持って教えるしかないだろ?」


「身を持って……。もしかしてエロいことをする気ですね……エロ同人誌みたいに!」


「しねーよ。つーか、それ言いたかっただけだろー」


「まぁそうですけどー。けど、かずくんはもう少しがっついてもいいと思いますよ?


「がっつくと言われてもなぁ」


「ぴちぴちの女子高生ですよ? 今がまさに旬なのに勿体ないです」


「悪い、俺って熟女好きなんだ。だから旬じゃなくて渋柿ぐらいが丁度いい」



 俺は適当なことを言ってはぐらかす。

 当然、熟女好きではない。



「かずくんが汚れてますー……シクシク」


「嘘泣きはやめろ」


「てへっ」



 俺は妹の態度に嘆息した。

 可愛いなぁ、ったく。


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