第31話 ワンコロと俺、南無……



「なぁ、七菜香。そろそろ目的を言ってくれよ」


「そんな“かずくんに会うため”に決まってるじゃないですか」



 甘えるような上目遣いで、七菜香はそんなことを言ってきた。

 ……うわぁ。めっちゃらしくないし、演技っぽい。


 俺は頭を掻き、ため息つく。



「いやいや、そんかつまらない演技はいらんから」


「証拠もないのに、人を疑うなんて酷いです……ぐすん」


「わざとらしく泣くフリをすんなよ。つーかまず、許可証ってことは、事前申請だろ?」


「…………」


「今日、来たのはどう考えても衝動的な行動じゃない。そもそも、先生を通してないのに貰えることなんてはあり得ないからなぁ」


「ふふ、なるほど。そういうことですか」


「だから本題を早く言ってくれないと気が気じゃないんだよ……」


「あ、かずくん。あそこに雲があります!」


「話の逸らし方が雑過ぎるっ!」


「凄いです! かずくんが呼吸をするなんてー!」


「もう少し誤魔化し方を考えてくんない!?」



 話を逸らす気がゼロかよ……。

 でも、こういう態度をとるということは話す気がないだよなぁ。

 秘密主義には困ったもんだよ、ほんと……。



「とりあえず学校内は気をつけてくれ。変にトラブルが起きたら困る」


「かずくんはチキンですね〜。男なら障害を振り払っていきませんと」


「お前なぁ……。俺は何があっても別にいいけど、七菜香に何かあったら困るだろ?」


「……私ですか?」


「ああ。これでも見た目だけは可愛いだからさ」


「むっ……“だけ”は余計です」



 七菜香はぷいっとそっぽを向いて頰を膨らませた。

 不機嫌そうな表情なのに、なんだか少しだけ嬉しそうである。


 俺はやれやれと肩を竦め階段を上り、廊下を覗いた。



「「あっ」」



 その瞬間、覗いた先にいた奴とバッチリ目が合ってしまう。

 しかも大変厄介な奴と……。



「やばっ」



 見つかるわけにはいかない。

 俺は慌てて七菜香を引っ張り隠れた。その際に俺の胸に飛び込むような形になり、色々と当たっているのだが……。

 残念ながら、感動は何もない。



「きゃっ! かずくん……もう、大胆〜」


「ちげぇよ。ってか、状況をわかってるだろ? 厄介な奴が来たんだ……」


「壁ドン……ふふっ。少しおかしいですね」


「笑ってないでちょっと隠れてろ!」



 あー、ちくしょう。

 もうロッカーから出てきたのかよ……。あんなに机を積んでたのに。


 俺は七菜香を階段の踊り場で待機させる。

 屋上に出られればいいんだが、普段は正面から鍵がかかっているので開かない筈。


 ちっ、袋小路じゃないか。




「一輝てめぇ! 俺を閉じ込めただろっ!?」


「おっ! こんなところに犬のフンが!!」


「ちょ!? 何すんだ一輝!? 目がぁぁああ〜っ!!」



 俺はワンコロの顔面にファ◯リーズをぶっかける。

 ちなみにこれは、ただ嫌がらせをしたいわけではない。

 そう、ワンコロの鼻を鈍らせることが目的である。


 ふぅ。これで女子の匂いに勘付かれることはないだろう。


 でもこれは単なる時間稼ぎにしか過ぎない。

 ワンコロが階段を上まで上がってしまえば、七菜香の存在は明るみになってしまう。


 トラブルを避けて妹を帰宅させるには、こいつをどうにかしないとな……。




「野々宮と犬飼! そこで何をしている!? まさか、何か悪さをしようとはしてねぇよな?」


「げっ、ガチゴリじゃん」



 ワンコロの顔が引き攣り、今にも逃げ出しそうな様子だ。

 校則違反しまくりのワンコロにとって会いたくない存在だろう。


 俺もあの先生は怖いのでちょっと苦手である。


 世界史の先生でスキンヘッドに筋骨隆々な身体。生徒指導を担当している先生だ。ついたあだ名はガチムチゴリラ……略してガチゴリ。


 ちなみにちゃんと奥さんもいるノーマルな先生である。



「慌ててるな? 図星か??」



 怖い顔を近づけ、俺らを疑っているようだ。

 あんまり近づかないで欲しいんだけどなぁ。

 マジで怖いし……ん? 


 いや、待てよ。これはチャンスじゃないか?



「先生、僕と犬飼君はお話しをしていただけですよ?」


「そ、そうだぜ先生!」



 よしっ。

 犬飼ものってきたな。



「先生、犬飼君がまた先生のテストをサボるそうです。僕からはいくら言っても聞いてもらえず……ゔぅ。僕は一体どうしたらいいのでしょう……」


「あ? 一輝何ぼっ!?」



 俺は嗚咽を漏らすフリをし、先生に見えないようにワンコロへ肘を食らわす。

 『腹が8つに割れる〜……」と、お腹を押さえワンコロは蹲った。



「テストをサボるだと……?」


「そうなんですよ。先生からも何か言ってあげてください! こいつ先生のこと大好きなんで、先生の言葉だったら響くと思いますっ!!」


「はぁ? 大好き?? こいついつも俺の授業で寝てんぞ?


「それは先生に構ってもらいたくてわざとです。現に先生と対面して緊張のあまり蹲ってますよね? 素直じゃないんですよ、こいつは……」



 先生がポカーンとした表情と口を開けた。

 おっけ、驚いて何も言えないようだな。



「そして……言いづらいんですけど……いや、やっぱりなんでもないです」


「うん? なんだ言いかけて……遠慮せずに話してみろ。俺なら何か力になれるかもしれん」


「わかりました先生。実は……」



 俺は間をとり、バツの悪い表情を作る。

 そして、わざと言いづらそうな雰囲気を演出してみせた。




「性的な意味で好きみたいです。先生のことが……」




 先生の口が開いたまま塞がらない。現実を受け入れられないといった様子だ。



「しかも、このままでは有り余る欲求を発散するために手当たり次第……周りの人を襲うつもりらしいんです」


「そんな……まさか!?」



 俺は一度先生に背を向けて目薬を使う。

 それから、先生の方を向き跪いた。



「先生お願いします。親友として僕は彼を助けてあげたい……。でも……僕じゃ力が足りません。だからっ、なんとか彼を更生させてください!」


「野々宮がそんなに友達思いの奴だったとは……。任せろ、俺が犬飼を説得してみせよう!!」


「ありがとうございますっ!」



 先生が俺に向けてニカッと笑みを浮かべる。

 笑みって怖いんだな……。



「こっちに来い犬飼! お前の捻じ曲がった根性、俺が叩き直してやろう……」



 指をポキポキと鳴らし、ワンコロに近づいてくる。

 それに対してワンコロは一歩ずつ後ずさりする。



「先生? 目が怖いっすよ? つか、あれ一輝の妄言ですって……」


「お前とは一度話をしとこうと思ってたんだ」



 首根っこを掴まれガチムチに担がれるワンコロ。

 まるで狩られたウサギだな……。



「一輝ィィイイ〜っ!!!」



 ガチムチ先生に連れてかれるワンコロ。

 悲痛な叫びが聞こえてくるが、瑣末な問題だろう。


 南無三。

 俺の平和のために犠牲になってくれ。



「ふぅ。これで万事オッケー」


「結構鬼畜ですね……」


「障害がなくなったし、これで帰ろ——」


「野々宮ー! お前も来てくれ! 鰻みたいにうなって話にならんぞ」



 俺が七菜香の所に戻ると、廊下の奥の方から先生の声が聞こえてきた。


 ……マジかよ。

 このまま七菜香を放置は……。



「大丈夫ですよ、かずくん行ってきてください」


「行ってきてって……案内はどうすんだよ?」


「問題ないです。私はこの後、生徒会へ用事がありますから。かずくんが終わったら、後で合流しましょう」


「けどなぁ」


「ふふっ。心配症ですね。早く行かないと先生にどやされますよ?」


「わかった……仕方ない。必ず後で連絡しろよ?」


「過保護ですね。でも、分かってますよ……それでは」



 そう言うと七菜香はひとり歩いて行ってしまった。


 あいつ、生徒会室がどこか知ってんのかな?

 あっちは部室棟なのに。



『そっちじゃなくて、本館の2階だからな』と、俺は簡単に妹へ場所を教えるメッセージを送り、先生のところへ向かった。

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