第18話 デートの前の試練


 今日は4人で出掛ける日だ。

 午後に駅前で待ち合わせをしている。


 それまでは、妹の彼氏のフリという精神的疲労を和らげるために家でのんびりとするつもりだった。


 それなのに……。

 その筈だったのに——俺は今、女性服の売り場でウロウロしていた。



「うーん、これも違うか……。いや、これなら?」


「「「………………………………」」」



 俺の背中に店員の冷たい視線が突き刺さる。

 当然だが、他の女性の目も軒並み冷たい……。


 ――変態?

 ――女装癖があるのかな?

 ――不審者?

 と、勘違いをしているような視線を浴び続けている。


 それもそうだ、男1人で女性服を漁っていたら誤解もされてしまうだろう。

 まぁ、俺には女装癖も変態的要素もない。


 俺のことを敢えて言うのであれば、紳士で真面目な好青年。

 純情無垢純潔純白とすべての清い要素が集まって——。


“ブーブーブー”


 まるでモノローグにツッコミを入れたかのようにスマホが振動する。

 画面を見ると『まだですか?』と七菜香からのメッセージが届いていた。



「はぁ……」



 俺は嘆息し、終わったよとメッセージを送った。



 “カランコロン”と店内に響く入店の音。

 普通だとその音だけで終わるが、にわかにざわつき始めた。

 店員も含む女性達が口々に「モデル? あの子やばくない」、「細くて綺麗」などの称賛の言葉を送っている。


 その入ってきた女性は、堂々とした面持ちで俺の方に一歩一歩進んできた。



「決まりましたか?」



 ご存知の通り、その女性は七菜香のことだけどね……。


 私服姿の七菜香はとても高校生だとは思えない。


 よく街頭アンケートで間違えられてしまうぐらいだ。

 本人は「老けて見られてますね……」と気にしていたが、そんなことない。

 外面が完璧な七菜香は、大人の女性にしか見えないのだ。


 立ち姿の美しさ、対応、全てにおいて完璧。


 家での様子なんて一切感じさせない。

 その演技力には脱帽せざる得ないだろう。



「これでどうだ? 大人っぽい七菜香によく似合うと思うんだけど」



 俺は七菜香のために選んでいた服を渡す。

 まぁ、「服装一式コーディネートお願いします」と言われたから選んだわけだが。

 これが兄妹恒例の行事……。

 つまり、身についた習慣である。


 はぁ、疲れたよ。



「わぁ~ありがとうございますっ! 早速ですが、試着してみますね」



 七菜香の発言を聞いた女性達は服を選びながらも目は何度もこちらを見ていた。

 気になってしょうがない、そんな様子である。



 ――5分後。



「どうですか? 似合い……ますか?」



 不安そうに俺を見つめ聞いてくる。

 演技だとわかってはいても、ドキッとしてしまうな。

 やっぱり、こういうのは慣れない。


 俺はふぅと息を吐き、真剣に七菜香の格好を見る。


 夏を意識した爽やかなコーデ。ネイビーのボリューム袖ブラウスに、白のフレアスカートで落ち着いた印象——まさに七菜香に合わせた組み合わせだ。



「流石に似合ってるな、魅力が200%増しだ」


「ふふっ、ありがとうございます。そんなに素直に言われると照れてしまいますね」



 七菜香は頰を赤くしはにかむ。

 その様子に周りの女性達は見惚れて、感嘆の声を出していた。


 俺は「これ演技だからな」と言いたくなる衝動を押さえ、とりあえずニコニコしておく。

 すると、上機嫌な様子で七菜香が俺の腕に抱き着いてきた。




「では、行きましょうか?」


「え、そのまま着ていくのか?」


「当然です。そのためにわざわざ買ったんですから」


「まぁ、七菜香がいいならいいけど」



 これからの待ち合わせに新しい服を着たかったのか?

 だとしたら、気合が入ってんなぁ。



「すいませーん、店員さん、このまま着て帰りたいので会計お願いします」



 俺は会計を済ませ、服屋を後にした。



 ◇◇◇



「かずくん、今日は暑いですね。溶けてしまいそうです」


「暑いなら、俺の腕にくっ付かずに離れていいんだぞ?」


「嫌です! 折角のデートなので離れたくないですっ! それとも、私が側にいない方がいいと仰るつもりですか?」



 七菜香が顔を膨らませ、不服を訴える。

 大人びた七菜香が駄々っ子のような仕草をすると、これはこれでギャップ萌えが半端ない――——まぁ、これも演技なのだが。


 それを知る筈もない道行く人は、七菜香の仕草に口を開けボケーっと見惚れていたりする。



「……おい。ここまでする必要はないだろ?」


「ありますよ。直にわかりますから」


「そうなのか?」



 俺は首を傾げながらも、妹の指示に従うことにした。

 演技が必要なら合わせた方がいいだろう。



「とりあえずこのままってことね。ま、逆らわないよ。女性には敵わないからなぁ~」


「流石ですね。腕に当たる胸の感触を楽しむための言い訳を思いつくとは」


「いや、楽しんでないから肋骨……」


「ほぉ……そんなこと言うんですね。でしたら――――私の胸では楽しめないと言うんですかっ!?」



 妹の言葉に反応した周りの冷たい視線が突き刺さる。



「ちょ、待て! 声大きいから勘違いされちまうだろ!? そんな悪ふざけは……」


「勘違い? 悪ふざけ?  私との関係は遊びだったのですね~……あー、シクシク」



 鞄から白いハンカチを取り出すと涙を拭う真似をする。


 うっ、周りから怒気や殺気を感じる。

 ってか、屈強な男の数人が俺の元へ向かってきてない!?

 めっちゃ怖いんだけど!!



「七菜香さん、そろそろマジで辞めてくれませんかね? このままだと世間に殺されちゃう。周りからの圧に耐えられそうにないんだけど……?」


「今日1日、絶対服従で考えてあげなくもないですよ?」


「く……この悪魔」


「誉め言葉、恐悦至極です」


「……わかった。とりあえず従うから、周りを煽るのはやめてくれ」



 七菜香はニコリと笑い泣く演技をやめた。

 それに伴い周りの殺気や怒気も静まっていく……ふぅ、助かった。



「そういえばかずくん」


「うん? ほかにお願いか? もう悪ふざけには付き合わないぞ、命がいくらあっても足りないからなー」


「しませんよ。かずくんって碌な経験がないのに、順応性が高いですよね? 私の知らないところで遊んでたりします?」


「経験ねぇ~。まっこの年だからな」


「えっ!? あるんですか!?」


「いや、ないけど」


「なんですか、今の無駄なやり取りは……」



 七菜香はジト目で俺を睨む。



「ふっ、甘いな七菜香。経験はないが、色々な妄想や構想を巡らせた俺は完璧だ。ありとあらゆることを想定して行動できるし適応できる。俺のシミュレーション(妄想)に勝るものはない!!」



 俺は自信満々に告げる。

 朝の挨拶から夜の挨拶まで俺のシミュレーション(妄想)は完璧だ。



「童貞の妄想もここまでいくと立派ですね」


「俺が童貞だといつから錯覚していた?」


「カッコつけているところ申し訳ないですが、かずくんは童貞で間違いないです」


「それは勝手な思い込みだろ? 俺は何を隠そう百戦錬磨の達人さ!」



 ま、当然見栄だけど。

 妹に脱童貞宣言する兄……ただのやばい奴じゃん。

 自分で言ってて虚しくなる。



「知ってますか? 童貞を卒業すると、男性の舌の先に色の変化が見られるのですよ? でもかずくんは……」


「えっ、マジ!?」


「勿論嘘ですよ。相変わらずボロが出るのが早いですね」


「はいはい認めますよ。俺は童貞野郎です!!」



 くっ! なんという羞恥プレイ……。

 ってか、やめて!

 こっちを指差しながら、ヒソヒソ話しないでっ!!


 俺は恥ずかしさの余り七菜香を連れてその場から逃げ去った。



 ――5分程移動。



「中々、強引に連れまわるんですね……。無理矢理だなんて……」


「おい、わざと艶っぽく言うんじゃねぇ。またあらぬ誤解を与えるだろうが……」


「では妄想が得意なかずくん? 次はこのお店で御教示下さいな」



 七菜香が店を指差す。



「……ここ?」


「はい、可愛いの選んで下さいね!」



 七菜香が指をさした先にある店は、俺には刺激が強すぎるランジェリーショップだった。

 ってか、兄に選ばせるもんじゃないだろ!?


 俺は、七菜香に連れられ店の中に入れられてしまった。

 だが、入ってすぐ店員に声を掛けられる。



「あのー、すいません」


「何でしょうか?」



 俺が店員に聞き返すと、申し訳なさそうな顔をして窓の外を見るように促してきた。



「店の前のガラスに張り付いている方は、お知合いですか?」



 俺と七菜香は言われた方向を見る。

 するとそこには、ガラスにへばりつく……そう、ヤモリの姿を彷彿とさせるワンコロがいた。



「「……他人です。通報してください」」



 この時ばかりは、妹とこれ以上ないぐらい声がハモったのだった。


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