第19話 開始ぐらい仲良くしようよ…


 待ち合わせ場所に着くと、まだ時間ではないのに厳島はすでに待っていた。けど、いる場所は本来予定していた所から少し離れたところにいて、交番の前でスマホを見ながら佇んでいる。

 不機嫌そうな顔をしているところを見ると、来る前に何があったのだろう。



「よっ、厳島。待たせて悪いな」


「待ってないよ。まだ時間よりも早いから。でも、声をかけられてちょっと面倒だった……」


「あー……それで交番の前にってことか。駅の前はナンパとか多いもんなぁ」


「まぁね。でも、気にしてない」


「それならいいけど」



 改札付近で待ち合わせ予定だったからな。

 厳島のことを考えると配慮が足りなかったかも……。



「一輝。そんなことよりも……どう、かな?」



 自信なさそう俺に訊ねてきた。

 厳島は自分の服に視線を落とし、それから恥ずかしさを堪えるように服の端を握っている。


 俺が「似合ってるよ。ばっちし!」と、明るく返すと嬉しそうに頰を赤く染めた。



「かずくん? 私の存在をかるーく無視しないでもらえますー?」


「ああ、すまん」


「彼女を差し置いて、他の女の子を褒めるなんて言語道断です。私ほど心の広い人じゃなければ去勢ものですね」



 手をチョキチョキされるのは、やられないと分かっていても心臓に悪い。

 ってか、事あるごとに俺を脅そうとするなよ。

 俺はニヤリとした妹を見て、ため息をついた。



「こんにちは。駄肉——ではなく、厳島さん」


「どうも一ノ瀬さん。今、一瞬だけ悪口が聞こえた気がするけど?」


「気のせいですよ。それにしても…………さすが、かずくんですね。良いチョイスです」


「うん。いい服」



 嬉しそうに笑う厳島を見て、妹は満面の笑み浮かべた。

 口まで弧の字で……うん、普通に怖い。



「かずくんはセンスが鍛えられてますからね。いい練習台になってくれてありがとうございます」


「そうね。本当にお陰で買い物ができたと思う」


「それはよかったです。あくまで手伝いをしただけですから、気にしないでください」


「気にしてないよ。一輝に感謝しているだけだし」


「ふーん。一応、言っておきますと、私とかずくんの貴重な時間を使われたんですけど?」


「来なかったのは一ノ瀬さんでしょ」


「私のかずくんです」


「彼女でも所有物ではないよね」


「…………」


「…………」



 いや、ここで黙るなよ。

 空気が凍ってるじゃないか……。


 ってか、会って早々睨み合わないでくれよ!

 この状況では、俺が何をすればいいかわからないんだからさっ!!


 けど、傍観してるわけにはいかないし……仕方ない。



「七菜香に厳島! いつまでもここにいないで遊びに行こうぜ!! いやぁ~マジで楽しみだなぁ~」



 俺はいがみ合う2人の間へ強引に入った。

 2人は目を丸くして突然の乱入に驚いたようである。

 それから七菜香はため息をつき、肩をすくめた。



「まぁ……もういいです。とりあえず、遊びに行きましょうか。口論しても不毛ですし」


「そうね」



 よかった……。

 のっけから不安しかないけど、これで終わりならひとまずヨシとしよう。


 そんなことを考えていると、厳島は怪訝な顔をして俺の後にいる犬を指さした。



「ねぇ一輝。気になったんだけど」


「どうかした? 眉間にしわを寄せて怖い顔してるけど」


「なんで気にならないの? だって、あれ……」



 まぁ、厳島が困惑しても仕方ない。


 俺の後ろには警察を呼ばれずに済んだワンコロが——まるで、これからプロポーズをする紳士のように片膝をつき、右手には薔薇を一輪持っているのだから……。


 ちなみにだが、七菜香はもう無視することを決めたのだろう。

 終始、無反応だ。



「……犬飼、本格的に頭をやった?」


「気にしないで厳島。これはワンコロの定期的な病気だから」


「適当なことを言うなよ一輝。俺は忠犬……恩のために生き、恩を返すために存在する武士さ。俺を救ってくれた一輝と七菜香ちゃんに、俺の心のサムライハートを届けるぜ」


「……うわぁ」



 厳島ドン引き。

 まぁ普通にやばい奴だと思うよな。

 ……その通りなんだけど。



「いや、一輝にお願いがある。これは一生のお願いだ」


「お願いって、どうせ碌でもないことだろ?」



 今まで見たことのない真剣な視線で俺を見てくる。

 その目には何かを決心した男、戦場に赴く戦士のようにも見えた。


 こいつ、こんな真剣な顔もできたんだなー。

 と心の中で棒読みをした。



「俺を野々宮家の愛犬として飼ってくれないか?」


「断る」


「そんなことを言わずに頼むよォォォオオオォオ~」


「怖ぇよッ!! ってかゾンビのように絡みつこうとすんな」



 結局俺は、ワンコロに纏わりつかれながら目的地へと向かうこととなった。

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