妹の頼みで偽装カップルを演じたら修羅場になった件について

紫ユウ

第一章 妹の彼氏のフリを始めたら『女友達』と修羅場になる。

第1話 さよなら、俺の平穏。


 ——青天の霹靂。


 これは俺が、つまりは野々宮一輝ののみやかずきにとって最も嫌いな言葉である。

 突然起きるイレギュラーな出来事、非日常での出来事。

 俺はそんなことを求めてはいない。


 よく、物語の主人公で『非日常に憧れる』とか聞くがそんな気持ちになることが理解できない。

 俺は寧ろ、某キャラクターのように植物のような人生を生きたい。

 つまりは『可もなく不可もなく』これが理想である。


 在り来たりな日常万歳!


 普通に学校へ行って、友達と馬鹿な会話をする。

 家に帰ったら食事をして、ゲームとかをして過ごす。


 こんなのが理想だ。


 ちなみに部活動なんてものは、もちろん参加しない。

 あれは、ある意味『魔の巣窟』であり非日常製造機だから。


 言っている意味がわからないかもしれないが、部活動に入ると否応無しにトラブルへと吸い込まれることがあるのだ。所属したことのある人はわかると思うが、ずっと平和な部活など存在しない。

 さらに言えば——



「なぁーに難しい顔をしてんだ~? 早く帰ろうぜぇ」



 一人の男子生徒が、俺の顔を覗き込むように話しかけてくる。

 全く、人の思考を邪魔しないで欲しいな。



「なんだ。ワンコロか」

「ワンコロじゃねぇ! 俺は犬飼だ!」


 

 俺の横でぎゃーぎゃーっと喚いているのは、悪友の犬飼洋介いぬかいようすけである。

 高校からの付き合いで、席が近かったという理由だけで話すようになった。

 顔はそこそこ……いや、悔しい話だが顔だけならかなり整っている。

 イケメンと言っても差し支えないだろう。


 だが犬飼は、この学校からした少し異質な存在である。


 何故かというと校則違反である茶髪にピアス、制服はだらしなく着崩して、極めつけは粗暴な態度。誰が見ても不良生徒と、思うことだろう。

 そんな見た目だから完璧に自業自得なのだが、ワンコロは不良というレッテルを貼られている。


 けど、このワンコロは不良でもなんでもない。

 じゃあ、何か?



 そう、ワンコロは————只のアホなのだ。



 進学校で真面目な人間が多いのに『モテたい』という理由だけで、今のような恰好をしている。

 それのせいでモテるどころか怖がられてしまっていて、本当は良い奴なのに誰も気づいてくれない。


 見た目と中身が一致しないよなぁ。

 本当に残念……。


 俺はワンコロの顔を見て「はぁ」ため息をついた。



「どうしたよ一輝。俺の顔なんか見て」

「いや。”顔だけ”は、かっこいいなと思って」

「へへっ。褒めるなよ。一輝も負けてねぇ~ぜ? そのメガネは」



 顔以外はダメだよとそれとなく言ったつもりが、どうやら気にも留めていないらしい。

 ……相変わらずだなぁ。



「ワンコロの無駄なポジティブさが羨ましいよ」

「はっ。それは、一輝の自己評価が低いだけだろ?」

「いやいや、眼鏡をかけていることも多いし」

「それ、眼鏡に対して偏見じゃねぇか。つーか、一輝ってそんなに目が悪くねーだろ? どうして眼鏡してることが多いんだ?」

「ほら、これの方が真面目に見えるだろ?」

「そうか~? 俺はそう思ったことねぇけど……あ、でも」

「うん?」

「一部の女子は一輝のことを“キチクメガネ様”とか呼んでたから、そういうことか」

「……それは、知ってはいけないやつな気がするな」



 俺は嘆息し、机に突っ伏すとワンコロが肩を揺すってきた。

 ……精神衛生上、寝かして欲しいのに。

 忌々し気にワンコロを見ると、実に爽やかな笑みでこちらを見ていた。



「なぁなぁ、窓の外を見てみろよ! なんか人が集まってるぜっ」

「うーん? あ、たしかにそうだけど」

「せっかくだし見に行こうぜー。なんなら、後輩漁りつうのも一興で——」

「なんだロリコンに目覚めたのか? それとも年中発情期……?」

「行こうって聞いただけで、それはなくないか!? てか、後輩ってだけでロリコンつうのは、当てはまらないだろ」

「……うるせぇ、頭皮が四十代のおっさん」

「謝れ、お前はおっさんに謝れ! それにおっさんが全て四十歳で薄くなるわけじゃないからな!! つーか、俺はまだその兆候はねぇ!」

「……え、嘘だろ。現実が見えていないとは……。はぁ、居た堪れない……」



 俺はワンコロからそっと目を離す。

 目にはハンカチを当て、ぐすんと涙ぐむ仕草をみせた。



「えっ、噓だよな? 俺、まだそんなに禿げてないよな!?」

「……………………」

「何か言ってくんない!?」



 俺はワンコロの肩をポンと叩く。



「……早く見た目と年齢が追いつくといいな」

「うわぁーん、ド◯えもーん!!」



 俺の足元に縋り付いてくるワンコロ。

 最早ただの犬にしか見えない。

 くぅーんって幻聴まで聞こえる。



「しょうがないなぁ、の◯太くん。はい、これ」

「こ、これは!?」

「カミソリとクリーム〜。これで無駄な抵抗は辞めてスッキリしよ~」

「わーい! ありがとう!! これで、髪の毛と一緒に未練もさっぱりだぁ〜」

「ふふふ、僕も役に立てて嬉しいよ〜」

「「…………………………」」

「って、一輝てめぇ! もっとマトモな物を寄越せよっ!!」

「マトモな物って……、その頭だと……、ねぇ?」

「噓だぁあぁあああ!!!」



 茶番終了……。



 中々に騒がしいやり取りだったが、周りのクラスメイトは何事もないように過ごしている。

 まぁ、いつものことだから気にしていないのだろう。

 さて……。



「とりあえず、ワンコロ。俺は用がないから行かないぞ。行くなら勝手に行ってくれ……」



 俺は欠伸をしながら答える。

 余計に校門前に集まったら迷惑だろう。

 それに、わざわざ行く理由もないし。



「ふっふっふ……」

「なんだ? その勿体振った笑い方は……、気持ち悪いぞ」

「わかってないなぁ。何もわかっていない。俺が理由もなしに野次馬根性を発揮して行くはずがないだろう?」

「そうなのか?」



 いやー、びっくり。

 ワンコロのことだから、ただの興味本位か、気まぐれか、それこそマーキングをするためだと思ってたからな。


 一番考えたくないが、ロリコンを拗らせて——まさか拉致監禁……?



「一輝、ぜってぇ、失礼なこと考えてるだろ……?」

「いやいや、犯罪だけには手を染めるなよ?」

「染めねぇよ!? てか、俺の存在が一輝の中でどうなってるのか聞くのが怖いわ!」

「……“中”って、何その、卑猥……」

「気色悪くクネクネすんなよ……。とにかく! 理由を話すと、双眼鏡で見たんだけどな。他校のめっちゃ可愛い子が来てるんだよっ」

「その前に双眼鏡を持っていたことにびっくりだよ」

「一輝は興味ないのか!?  可愛いんだぜ?  人類の宝だよ?  目の保養だよ?」



 鼻息を荒くし興奮した様子のワンコロ。

 目が血走り、目がやばい。

 正直、変質者のそれと同じにしか見えなかった。



「確かに可愛い人は目の保養っていうのはわかるけどなぁ~。ちなみにどんな人?」

「おっ、なんだ一輝。気になるのか?」

「ま、興味本位って感じ」

「いや、黒髪の美人っていうのは遠目からでもわかるんだけど。それ以外はよくわからねぇのよ。だから見に行こうぜ、確かめにさ! どうせ暇だろー?」

「まぁ、暇ではあるが……。興味はないなぁ」

「ふーん。ま、一輝が行かなくても、俺は行くからな」



 ワンコロが一人で野次馬の中に?

 どう考えてもトラブルが起きる気しかしない……。

 歩くカミツ〇ガメを野晒しにするわけないには……はぁぁぁ。

 俺はやれやれと肩を竦める。



「仕方ない。俺も行くよ。ペットが手を出しまくって、飼い主の品格が問われるのも嫌だからな」

「誰がペットだッ!」



 俺は荷物をまとめ、鼻歌まじりに歩くワンコロと一緒に人だかりの出来ている校門に向かう。

 校門へ近づくにつれ、ワンコロの脚取りが軽くなっていた。




「どんな子か楽しみだな~」

「まぁな。けど、囲むのは悪いし、困ってたら助けてやろうぜ。ギャラリーをワンコロが蹴散らして、俺は応援するよ」

「それって俺が物凄く損じゃね?? 一輝は馬鹿なのか?」

「お前だけには馬鹿と言われたくない」

「お前だけとは失礼な! もう二、三人用意しといてくれよ!!」

「自分が馬鹿ということは否定しないんだな……」



 自分を馬鹿と認めれるのは、客観視出来ているいい証拠でもある。

 まぁ、擁護することもなく、事実なわけだが。


 俺は苦笑し、話を続ける。



「いたいた! ほらあの子だよ。あ、の、子!」



 ワンコロが指した方向を見ると、さっきよりも沢山の人が集っていた。

 そして、その中心には件の美少女の姿が……。

 視界にとらえた生徒と一瞬だけ目が合い……あれ? 


 いや、気のせい気のせい。

 俺は目を何度か擦り、それから目を凝らして見る。


 強まる既視感……。

 同時に手を振ってきたようにも見えた。


 そしてもう一度……。



「………………」



 はい、Uターン。



「お、おい! 一輝どこに行くんだよ!?」



 俺は身の危険を感じ、ワンコロの呼ぶ声を無視してその場を立ち去ろうとした。

 だが――



「かずくん!」



 人混みをかき分けて登場した美少女は、俺の腕を掴み自分の胸に強引に抱き寄せてきた。



「……え?」



 俺の口から間抜けな声が出る。

 驚いて彼女の顔を見ると、視線が合い見惚れてしまいそうな笑みを浮かべていた。



「では参りましょう。今日もデートの約束ですよ。えーっと。そういうことですから、道を開けていただけますか?」



 そう言うとまるでモーゼのように人の道が綺麗に開く。

 その中を俺は手を引かれながら、好奇の視線にさらされ続けた。



 普通、こんな場面になったら美少女に対してドキドキと胸を高鳴らせたことだろう。


 でも俺にとっては、全く嬉しくはない。

 寧ろ、冷や汗が止まらないんだ。


 ……まさに青天の霹靂。

 だから嫌なんだよ……。

 だって、そうだろう?



 この女子生徒は俺の彼女ではなく——”妹”なんだから。




 ああ。さようなら、俺の平穏。

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