第27話 俺の未来は、虐殺者

「俺が、そんなことするはずがない!」

 登は噛みついた。

 小礼の口調は、ますます熱を帯びていた。

「なんで、“冬作戦”というコードネームか、分かりますか? あなたはクラシック音楽を好んでいる。特に母親が好きで、あなたをコンサートにも連れて行った、ヴィヴァルディは。あなたにとって、死んだ母親との絆。それがヴィヴァルディ」

「そんなことをどうして……」

 登は、愕然がくぜんとした。

 小礼に話したことはおろか、そのことは景子にさえ教えていない。

「私には、あなたの記憶が見える。そしてあなたが今思っていることが分かる。未来のあなたは電磁波特殊砲RV297という型番が、ヴィヴァルディの『冬』を意味するリュオム記号:RV297と同じであることに気づき、シャレをきかせて、作戦コードネームにした」

 登は、歯の根が噛み合わなかった。

「あなたが、悪党ではないことは知っています。でも、あなたは苦しんだ。苦しんで、歪んでしまった。あなたは小学校卒業を控えた冬に母を、突然病気でくした。若い義母が家に来て、同時に中学に入学した。それだけでも大混乱だったのに、あなたの義母のことが授業参観を契機にバレた。あなたの友人は……」

「友人なんかじゃない!」

 登は発作的に、叫んでいた。そして、はっと我に返った。

「同級生は、あなたを酷くからかい、酷く侮辱した。そして周囲の人間は“イジリ”だと思って、なんの対処も取ってくれなかった。あなたは人間を信じなくなった」

登はただ、歯をかちかちと鳴らすだけだった。反論したくても、誰も知らないはずの自分のプライバシーを握られることは、心臓を握られたのと同じだ。

 中学生時代、若すぎる義母のことが周囲にバレた。早速「義母とヤってるのか?」とはやしたてられた。最初、言われていることの意味が分からなかった。だが、少しして言われていることの本当の意味が分かった。性的な事柄に無知であることを嘲笑われ、更に性的な関係を結んだと決めつけられた。

 遅れて判明しただけに、強烈な暴力性だった。

 あのにやけた同級生の顔を思い出すだけで、拳が震える。しかも、誰も分かってくれなかった。「そんなこと、気にするのが間違っている」と面倒くさそうな表情で、切り捨てられてきた。誰も分かってくれなかった。

 突っ伏した登の頭に、小礼の声が降りかかる。

「あなたは、思った。なんでこんな目にわなきゃいけないのか、と。そして、あなたはある事実に気が付いた。自分を侮辱した人間が、自分よりは偉い人間に対しては、猫のようにおとなしかったこと。あなたは人間関係がうまくいくためには、自分が偉くなければならない。偉いからこそ、いじられたり、侮辱されることもない。力があるから素晴らしいとあなたは考えた。同時にあなたは、誰かに弱みを見せたり、誰かに相談したりすることを恐れるようになった。誰かと関係を結ぶことも、過去の記憶がフラッシュバックするために思うようにいかなくなった。孤立していく過程で、あなたはとにかく力を渇望かつぼうする人間になった。だから必死で偉くなった。逆境を成功に転じた。それは、それで素晴らしいことだったと思います。でも、いくら偉くなっても、いや偉くなればなるほど、批判したり、あなたを侮辱する人間は増える。いつまでっても、あなたが求める“良い人間関係”は生まれない。そうした苛立ちの果てに、あなたは目障りな人間を殺すことで、自分自身を守るようになった」

 小礼は、優しく言った。

「あなたは悪党ではない。それに、虐殺の背後には、本土や日本政府の留加人差別の歴史もあった。中央から離れた辺境であること、本土とは異なる独自の文化・歴史を育んできたこと、更に軍事基地・原発負担の両方を背負わされたこと、様々な理由がある。だが、そうした過程を背景に、あなたの意思が、留加人や多くの罪なき日本人を殺害した。あなたの弱さ、あなたの自己を大きく見せようという虚栄心きょえいしんのために」

 小礼は、ここで言葉を切った。

「私たちが、“逆賊”の汚名を恐れずに立ち上がったのは、あなたがいたからでした」

 俺が? 

 うめきとともに吐き出された言葉は、かすれていた。

「未来のあなたのために殺される。違うという理由だけで留加人が。そしてあなたに反対したという理由だけで多くの人が。それを黙って見ていることはできなかった」

 登は泣き出していた。

 どうすればいいのか、分からなくなって。

「来て下さい。あなたを虐殺者にしたくない。来てください」

 小礼は手を差し伸べた。

 登は、泣きながら、その手を取った。

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