第9話 テレビと、とんかつ。

 げたてのとんかつの上に、ウスターソースをささっとかける。ついでに添えられたキャベツの上にもたっぷりかけて、とんかつとキャベツを混ぜ合わせ、ソースがよく馴染なじんだキャベツと一緒に口に放り込む。そしてすぐに、真っ白なごはんをき込む。

 なるほど、卵を使わなくても、こんなカリカリに揚げることが出来るのか。

 のぼるは、触感を楽しんだ。

 つけっぱなしになったテレビで、バラエティ番組が流れている。

 景子の話によれば、1番人気のバラエティで、いつもこれを見ているらしい。

 登は、ふだんテレビを見ない。テレビがリビングにあって、どうしても義母と顔を合わせないといけないのが嫌だからである。それにドラマや映画は、ネット動画配信サイトで、自室からパソコンで見れる。

 だからバラエティ番組を”マジメ”に見るのは、ほとんど久しぶりだった。なんとなく食わず嫌いをしていたが、結構面白い。番組企画は、半熟ゆでたまごを作るにはどうすればよいのか、というありふれた話題で、おばさんが実体験に即して、「冷水で冷やすのが肝なの」と細かくコメントをつけた。

 おばさんに言わせれば、番組で紹介されたものより、もっといい方法があるらしかった。

「なるほど」

 とにかく、面白ければ、なんでもいい。

 景子、おばさんと3人で夕食を食べていると、おじさん(景子の父親)が帰って来た。登は、箸をとめて、お辞儀した。

「お、登くん。久しぶりだね」

「お久しぶりです」

 背広姿から、スウェットに着替えて来ると、おじさんは冷蔵庫からビールを取って来た。

 おじさんはとんかつを味わった後、口に残った油分をビールで流した。登は、無性にそんな食べ方をしてみたくなった。

 おじさんは「疲れた、疲れた」とよく連呼した。キャベツだけを綺麗に残し、とんかつを食べた。

「お父さん、キャベツ残ってるでしょ」

「野菜は嫌いなんだよ」

「食べなきゃ。こないだ尿酸値が危なかったんでしょ」

「分かった。分かった。それより、最近忙しくて大変だ。赤尾あかおに行政センターを移転させることになって、その準備が忙しくてたまらんよ」

 おじさんは十字台区役所の課長で、中間管理職としての苦労話をよく愚痴ぐちった。

 箸を止め、登はほっと一息をついた。何気なくテレビに視線を向けると、番組では大食い自慢の芸人が、人気ラーメン店の特盛に挑んでいた。

 事変が始まってからも、こうしたバラエティ番組は、しぶとく生き残っている。ありふれた企画だな、と思った。だけど、「無意味だ」といういつもの口癖はりをひそめていた。

 全身の力が、抜けていくのを感じた。


 アラート音が、スマホから発した。

 登は、はっとした。

 とんかつを頬張ろうとしていた、景子の手が止まった。

「ミサイルです、ミサイルです。ただちに退避してください」

 電子音声の追い打ちがかかった。

 おじさんは箸を投げると、ベランダを開けて外を見た。夜空に警報音と共に「留加県からミサイルが発射された模様です」というアナウンスが響いていた。防災放送と同じく、嫌に間延まのびして、聞こえた。

 何の音もしない。

 おじさんはベランダから戻った、窓を閉めながら、祈るようにつぶやいた。

「訓練か?」

だが、次の瞬間にはドンという音が響き、軽い地響きがベランダの柵を震わせた。同時に照明が落ちた。

「本物だ、伏せろ!」

おばさんが景子をテーブルの下に入れ、自分がその背中におおいかぶさった。

「僕は、家に戻ります」

「登君! 行ってはならん」

「登!」

闇の中から、景子の声が聞こえた。

登はそれを振り切り、団地の階段を駆け下りた。

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