第10話 留加の光~首都炎上

 第1撃で十字台区じゅうじだいく全体が停電していた。

 変電所がやられて給電不能になり、信号機さえ動いていない。交通が混乱し、交差点で車が立ち往生していた。

 都営団地と登の家は路面電車の駅で3つ離れている。義母とあの娘がいるとはいえ、ともかく、今は帰らなければならなかった。

 愛情というより、男としての義務感だった。

 走りながら、のぼるは計算を続けた。第1撃が的確に変電所を狙ったとすると、当然、官庁街などの重要ポイントも狙われている。問題は十字台だ。ここには国防隊の補給司令部がある。攻撃対象になってもおかしくない。


 学校へ逃げろという声が口々に聞こえる。真っ黒な街路の中で、車のヘッドランプだけが光っている。逃げまどう群衆の顔が、ヘッドランプに照らされて、またすぐに消えた。警官たちも「群衆の数が多すぎます。避難場所などの指示を願います。警察署PS、応答願います」と、応答のない無線機に指示を求めている。


せろー!」

 誰かが叫んだ。「伏せろ」「伏せて」という複数の声が波状に重なった。彗星すいせいのように青白い光が、夜空を一瞬横切った。そして数秒後に花火のような破裂音。建物や街路樹の陰で、何も見えないが、空の一部が赤く染まった。

 悲鳴が、あたりにこだました。

登は、路面電車の線路沿いに走った。自宅の玄関に走り込んだとき、ようやく空気が湿しめっぽいことに気づいた。よく見ると、小雨が玄関や壁にまとわりついている。

明かりの消えたリビングに駆け込んだ時、登は一瞬立ちすくんだ。室内よりも外の方がぼんやりと明るかった。白い光が一瞬横切った。そして、また爆発音と震動。

あの娘が、窓辺に立っていた。

留加るかの光よ……」

 祈りを捧げるような静かな声。

 鳥肌が立った。

「誰だ、お前……」咄嗟にそう言っていた。

あの娘は、登の方を少し見た。

「私は、留加めぐみ」

 登は苛立いらだった。

「偽名だろ」

 外でオレンジ色の閃光が走った。大音響とともに家屋全体が軋んだ。登は立って居られなくなり、テーブルにすがりついた。

「お前、どう思ってるんだ?」

「どうって?」

「お前らのせいで、こんなことになってるんだぞ!」

 娘はふーんと鼻を鳴らした。

「あなたたちは、罪なき留加るかたみ殺戮さつりくしている。そもそも、あなたたちは留加の民がどれぐらい死んでいるのかさえ、知らない」

 今の登には、返す言葉が出てこなかった。ただ、睨むだけである。だから、娘は歯牙しがにもかけなかった。


政府軍戦死者【246名】戦傷者【492名】

留加人民被害数:不明


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