第33話 少女の指先
翌日、母に見送られて学校に行った。
現世と同じく、学校は都立十字台高校。
現世と同じく、北校舎2階の2年2組。
現世と同じく、
登は、豪太に聞いた。
「豪太、
豪太はきょとんとしていた。「誰のこと?」
「
「吾妻? そんな子いないよ。どうした?」
「他のクラスにはいるだろう?」
「いないよ、吾妻なんて人」
「そうか……」
登は、とにかく教室内を見回した。壁に貼られた「誠実 協力 熱意」の
豪太が、うきうきとしていた。
「それより、登、どうする? 明日からついに夏休みだけど」
夏休みか……。そういえばもうそんな時期か。戦争とか、爆撃とか、校舎破壊とかで、すっかり忘れていたな。
「登、聞いてる?」
「ああ」
生返事をした。
「変なの……」
豪太はどっかへ行ってしまった。
夏休み、……。どこか現実離れしてるな。
そう呟いて、登は苦笑した。
現実じゃねえんだ、ここは。死んだ母さんと親父のいる変な世界。夢なんだ。ここは。しかし、
豪太の言う通り、学期末最終日で高校は早く終わった。なぜか登の体は
自分でも気づかぬうちに、戦争というものが、身体の髄にまで浸み込んでいた。登はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、目の前の地面を思いっきり蹴り飛ばした。
校門を出てしばらくして、後ろから追いついてくる足音。登は立ち止まった。
「登! 待ってよ」
渋川恵美だった。登はただじっと見つめていた。恵美は膝に両手をあてて、しばらく肩で息をしていたが、呼吸を整えると「今日、一緒に帰るって約束したじゃん、ヒドイよ。まったくもう」と甘い声を出した。
同年代の女子からそんな
「ごめん」
登は、自然に手を伸ばしていた。恵美が、すかさずその手をキャッチした。改めて見ると白いほっそりとした指先で、強く握りしめたら折れてしまいそうだ。登は恵美の手を揉むように、軽く握ったり、開いたりを繰り返した。
線の細い指の骨、滑らかな肌の感覚がジーンと脳内に響いてくる。
「なに? どうしたの?」
「いや。綺麗な手だよね」
「なに、気持ち悪いなぁ~ ハハハ……」
恵美は急に手を離すと、さきに突っ走って行った。そして、すぐにくるりと振り返った。登が小走りで追いつこうとすると、恵美がまた走り出した。登はそれを追って、走った。中央公園のところまで来て、恵美が立ち止まった。
「楽しい……」
「疲れた……」
「まいったか!」
ハハハハとそこで、恵美がまた笑った。
「悪い夢を見ていた気がする」
「悪い夢?」
声が耳に甘く響いた。すべてを洗い流すような思いで、「戦争の夢」と答えた。
「戦争?」
「日本と留加が戦争する夢」
「嫌な夢……」
「夢で良かった」
「ねえ、どっかで遊ぼうよ」
「どこで?」
「スポッチャ」そう言って、恵美が登の袖を引っ張った。
登は恵美と一緒に、そのままスポッチャへ行った。無邪気に、何も考えずに遊んだ。すべてが初体験であった。現世では何かとひねくれていたから、素直に何かに熱中するということがあまりなかった。
ボールがガーターに入った時に、少女がどれほど悔しがるのか。
ストライクを出した時に、少女がどれほど喜ぶのか。
遊び疲れて眠たげな時、少女がどれほど不機嫌なのか。
別れる時に、少女がどれほど寂しがるのか。
新鮮な驚きが、あちこちにあった。
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