第15話 景子(5) 仮校舎(旧赤尾第二小学校)

外は雨だった。

台風5号の接近のため、今朝に比べて、雨足が強くなっていた。学校指定のジャージを着た生徒が、手に荷物を持って、仮校舎(旧赤尾第二小学校)へと列を作っていく。

仮校舎まで20分以上、かかった。誰もが多くの荷物を抱えるので精いっぱい。

誰もが無言だった。


 旧赤尾第二小学校は赤尾台の中腹にあり、雨の中、荷物と傘を持って坂を上るのは辛かった。たどり着いた時には全員すぶ濡れだ。小学校は少子化による児童の減少で昨年廃校、校舎は無人となっていた。


「ボロいなぁ」


 校舎を見て、まず景子はそう呟いた。1980年代に建設された十字台高校も古かったが、こちらは10年は古い。壁面にはクラックが走り、コンクリートのすき間から雑草がびっしりと生えている。後付けの空調設備が、うまく処理されず、ごてごてと連なっている。他にも耐震補強材が壁面のあちこちに噛ませてあった。暗い雨の日だったため、老朽化した校舎がお化け屋敷のように、おどろおどろしい。


「この校舎、なんで残ってるんだ?」

 急に登がたずねて来た。

 景子の父は十字台区役所課長である。

「お父さんの話では、赤尾の行政センターがここに入る予定だったって」

「これにか? マジかよ」

「もちろん新しいのが出来るまでの”つなぎ”。でも今は学校の”つなぎ”になっちゃたけど」

「それな。……”無意味”」

 また登の口癖が出た。景子は苦笑した。校舎内は空気がよどんでいた。階段のそばで、2年2組副担任の吉村美沙よしむらみさ先生が手招きしていた。

「みんな、こっち~」

新卒で、都立高校に採用された若い女性教諭(現代文)で、男子高生からは人気がある。

「ミサちゃん来てるじゃん」

「美沙ちゃん、先に来てたんだ」

 雨に濡れてしょげていた男子たちが急に元気になった。登はこういう話に興味を示さないので、そっぽを向いていた。

 女子の中では、吉村の評価は低かった。稲葉美香いなばみかは特に毛嫌いしていた。他にも「男子にびている」とか「顔はカワイイけど、腹黒い」という噂があった。

「2年2組は校舎の1階のこの教室、職員室は渡り廊下を挟んだ管理棟の2階にあります。みんな頑張って行こう!」

 説明と励ましを簡潔にしてから、吉村先生は他のクラスの手伝いに飛び出して行った。稲葉と取り巻きの女子が、「また、男子ウケを狙ってるよ」「腹黒」と毒づいていた。

 高校に比べて椅子と机のサイズが小さい。「うがい、手洗いをしよう 保健室」と書かれたポスターが残されていたりする。

 まるで廃墟はいきょに入ったような気分。

「小学校に逆戻りだね」

 振り返ると、親友の詩織しおりがそばにいた。

「そうだね」

 景子は、ため息をついた。

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