第14話 景子(4) 都立十字台高校2年2組

「酷い……」

 校舎に入った時、景子は思わずそう呟いていた。

 体育館に面した方の窓は、爆風で窓枠まどわくごと叩きおられていた。臨時休校中に教職員がある程度清掃していたが、細かいガラスの破片が隅の方に溜まっていた。

マジックで手書きした「ガラス散乱、通行禁止」「天井崩落。近づくな」「折れた窓枠に注意」というポスターが校内のあちこちにある。

 2年2組はもっと酷かった。2年2組は北校舎2階にあって、体育館からは最も離れていた。しかし体育館側にあった教室の窓は窓枠ごと消失し、長方形の穴が残されているだけである。そして、吹き飛ばされた窓枠の一部が、壁に突き刺さっていた。その尖端は鋭利な刃物のようだった。

「マジかよ」

 景子けいこは思わず後ずさった。

 隣にいたのぼるが「どうすりゃいいんだよ」、とつぶやいた。

 吊り下げ式の蛍光灯もすべて落ちていた。だから雨で、教室全体が暗くても、明かりがつけられなかった。

「こ、これは、なんだ?」窓側の隅に置かれていた掃除用具入れのロッカーが、中央に吹き飛ばされ、横倒しになっていた。

 先に来ていた豪太が、力なく笑った。

「もう校舎が吹き飛ぶレベルだよな」

「ああ」

 登はとりあえずそう答えていたが、顔は蒼白そうはくだった。クラスメートは教室に1歩足を踏み入れるたびに唖然とし、それが新たな波紋を広げていく。

 教室は、破壊はかいされていた。登校してきた福浦香澄ふくうらかすみは、ショックで口を覆った。

香澄かすみちゃん、大丈夫?」

 香澄の涙が止まらない。

 景子は思わず抱きかかえた。

「大丈夫?

「香澄ちゃん」

 と複数の女子がそこに集まって来た。

こういう時、女子のグループが見えて来る。

稲葉いなばさんたちは全く来ない、でも薄情はくじょうだと思われたくないから様子見だけはしている。「ねえ、景子」

仲良しの玉木詩織たまきしおりが香澄の肩を撫でながら、言った。

「なに、しーちゃん」

恵美えみ来るかな」言外に来てほしくないと言っていた。

 景子は反射的に「さあ」と鉾先をそらしていた。自分の人生そのものが死ぬほど嫌になる。だが自己嫌悪がいつも景子の背中を押した。

「恵美が悪いわけじゃないし」

「まあ、そうだけど」

 詩織は稲葉の方を見るとすぐに顔を伏せた。

 稲葉美香いなばみかはもともと恵美が嫌いというわけではなかったが、事変が始まってから露骨に恵美をシカトするようになった。「感じ悪い」とよく噂されたが、そう言う女子も稲葉の方に走りたくてたまらないようだった。

 生徒は渋川恵美を除いて、全員が来た。

 それから担任の村井先生が来た。

「おはよう、みんなが見た通り、学校は大きな被害を受けた」

顔が強張っていた。

「西校舎も体育館もやられた。だから生徒は赤尾台にある旧赤尾あかお第二小学校に移動して、授業を受けることになった。急で悪いが、今日は荷物を持って、赤尾台の方へ行ってもらう」

仕方ないな、誰かがそう呟いた気がした。自分の心のうちで呟いた言葉が聞こえただけかもしれない。だが、誰も何も言わなかった。

「それから、渋川さんのことだが、責めないでほしい。渋川さんとは関係のないことだ。世界の歴史を見た場合、大人同士で争うことはよくあるが、子どもの世代には何の関係もない。みんなにはその点を忘れないでほしい」

それは僅かに残された良心をふるい立たせたとも、偽善的な言い訳とも取れた。結局、誰も恵美が残した荷物を持とうとしなかった。

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