第13話 景子(3) 登校

 朝、外が静かだと思ったら、雨だった。たいした雨ではないが、昨日の夜からずっと降り続けている。

「雨も降ってるから気をつけるのよ」

「はいはい」

 景子は早々に朝飯を切り上げると、学校指定のジャージを着て、家を出た。テレビでは「爆風で切れた電線が落下しているかもしれません。注意してください」と注意喚起されていた。

 それで足元を見ながら、歩いた。

 爆発で飛ばされてきたらしい土砂やガラスが、雨にれて、泥となっている。踏むと、ジャリジャリと肌に突き刺ささるような音を立てる。電気は復旧したが、爆風で故障した信号機が、あちこちにあった。そのため交差点では、白のレインコートを着た交通警官が手信号で交通規制に当たっている。そうした手信号の指示に慣れていない車が、何度もオーバーランして、警官のホイッスルにめられた。

 豪太ごうたの父親が、ふと気になった。

 7月9日、テレビに豪太の父が登場した。よくある“警察24時”で「緊急企画 最前線の警官たち―第101警察予備隊の活動に密着」というものだった。

 パトカーに搭乗し、瓦礫がれきに埋もれた街中をパトロールする制服警察官。豪太の父―「八島やしま速男はやお 第101警察予備隊巡査部長」は無線機を掴み、「こちら予備2号、南加湊なかみなと12号線沿いをパトロール中。異常なし」と報告していた。放送後すぐに豪太が「やったよ、無事だよ」と、父親の出たシーンを撮影した画像を、景子と登が登録されているグループラインにアップしてきた。



登「よかったな、おめでとう」

景子「ほっとしたね、よかった」

豪太「勝ち戦って、いいもんだね。じゃあね、また」

嬉し声が聞こえてきそうなメッセージで、やり取りは終わった。


 十字台高校に来て、景子は息をんだ。

政府の公式発表によれば、留加北方の社市にある留加軍基地から自走式発射台を備えた中距離ミサイル13発が都内に撃ち込まれた。初弾が城西じょうさい変電所を破壊。それから3時間のうちに警察庁、総務省、国防省(不発弾)に計12発が着弾。そして、国防隊十字台駐屯地を狙ったミサイル1発が、十字台高校体育館に着弾。体育館は全壊し、隣接する西校舎も大きな被害を受けた。

 こうした状況は、出る前にすべて頭に入れてあった。だが、校門そばのけやきが丸焦げになっているのを見て、冷や汗がにじんだ。

 学校の正門そばには、登がいた。

「登!」

 呼びかけたが反応は帰ってこない。そばにいて呼びかけたら、やっと反応した。

どこか他人事のような感じで、「無事か?」と登は言った。

「無事」

「おばさんたちも?」

「全員無事」

「よかった」これには少しだけ、感情があった。それに登は、なぜか義母の方には甘えられない。

「こんなところで何してるの」

「不発弾とかあったら、大変だから様子を見ている」

「もう、安全は確認されたでしょ。さすがに……」

そう言った自分の言葉が、どれだけ頼りないことか。それは景子にも分かっていた。

登は、げた欅の幹を指さした。

「政府や、役所の言うことが信じられるか。こんなことになってるのに」

「それは言えてるかも……」

親父おやじからは、何も言ってこない」

「忙しいんだよ、きっと。首都が攻撃されたんだから、対応に。それより国防省の所に、ミサイルが落ちたんでしょ」

「一応、国防省市ヶ谷に落ちたやつは不発だ。無事だ」

「連絡はあったの?」

「無事だというメールが来た。それだけ。今頃、首都防衛の責任を責められているところだよ」

 登は舌打ちした。

「しかたないよ。……とにかく幕僚長として、忙しいんだよ、きっと。……それで、登。お義母かあさんは、無事なの?」

義母アイツ? アイツなら無事だ」

その答えはないでしょ、と景子は思った。義母さんのこともちょっとは考えなさいよ、と言う前に、登はもう歩き出していた。もっとも聞きたかった、留加の少女のことは、聞けなかった。


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