第4話 美味なる戦争

 戦争は、たまらなく美味びみであった。

 4月16日。政府軍爆撃機が突如、留加県の県庁所在地・北都ほくとを爆撃した。1ヶ月半に及ぶ政府と留加県との和平交渉が、頓挫とんざした。この結果をうけて、日本政府は「留加県反乱を鎮圧する」という大義名分を掲げて、先制攻撃に踏み切ったのである。

 4月17日。横須賀よこすかから輸送艦、最新鋭ミサイル護衛艦、空母「いわみ」・「さつま」を中心とする第一護衛隊群だいいちごえいたいぐんが出撃した。TVカメラ、報道ヘリに見送られての盛大な出撃であった。久しぶりに軍艦マーチが、本来の役割を取り戻し、艦隊の出撃を祝っていた。


「視聴者の皆様。ご覧ください、全部のふねのマストにZ旗が掲げられました!」


黒、黄、赤、青の三角形が交錯こうさくするZ旗が、グレーのマストに翻った。集まった群衆のボルテージは、最高潮に達した。


 4月23日。留加県最南端・南加海岸なかかいがんに水陸機動団が強襲上陸を仕掛けた。同日、政府は戦争を「留加事変るかじへん」と正式に命名、「暴徒鎮圧ぼうとちんあつの為の治安出動であり、警察活動である」と主張した。首相官邸には政財界、マスコミなどの要人が集まり、政府への協力を誓約せいやくした。この結果、民放の報道番組では、ハッシュタグ付きで、以下のようなスローガンがあふれるようになった。


「#国防隊がんばれ」

「#がんばろう、日本」

「#負けるな、日本」


 そして、国防隊に募金した女子高生の話がニュースの美談となった。また倒産寸前の中小企業が軍需生産の中心を担っていることが、「日本スゴイ」とバラエティ番組でもてはやされた。

 中村総理大臣は「日本は、完勝し、再び、元の、日常が、戻って、来るでしょう」と意気揚々いきようようと、原稿げんこうを棒読みした。また時折、首相会見では最高軍事責任者である親父おやじが同席するようになった。

総理は、細かな知識を必要とする軍事的な説明については、しどろもどろになるのを恐れ、親父にやらせたのである。「初瀬はせ 真之さねゆき 国防隊統合幕僚長こくぼうたいとうごうばくりょうちょう」というテロップ紹介の後、神妙しんみょうな顔つきで、親父が戦況せんきょうを説明した。


「現在、空母を中心とする第1護衛隊群ごえいたいぐんによる上陸支援活動、水陸機動団すいりくきどうだんによる上陸作戦が展開されております。上陸作戦においては迅速じんそく火器かき弾薬だんやく糧食りょうしょくなどの物資揚陸ぶっしようりくが重要となりますが、物資揚陸については昨日、100%を達成。橋頭保きょうとうほを留加県に築き上げました。また本日未明より、普通科第32連隊による残敵掃討作戦ざんてきそうとうさくせんもあわせて展開中であります。国防隊では、防衛機密に支障が出ない範囲で、戦闘の映像などを公開することも検討中であります」


 やがて動画サイトでも、政府から公開された戦闘シーンが多く出回った。

「89式小銃WW」

「89式は各国軍のものと比べて優秀な小銃であり、取り回しの良さが小柄な日本人にも向いている(Wikipediaのコピペ)」

「留加人皆殺し」

「留加人総貼り付け(はりつけのミス)」

 不謹慎ふきんしんだからこそ、戦争は面白おもしろかった。深夜に背脂せあぶらたっぷりのラーメンを食べるような背徳的はいとくてきな喜びがある。

 4月30日。装備でまさる国防隊が南加湊なかみなとを制圧した。今では「テロリストの根拠地」と呼ばれる北都市ほくとしを目指して、国防隊は北上を開始した。

 詳細な情報は、機密保全きみつほぜんの観点から公表されていなかった。だが、みんなは豊かに想像していた。政府軍間の「こちら普通科第32連隊第6中隊、左翼の敵を殲滅せんめつ中、航空支援こうくうしえんを願う」「司令部了解。航空支援を開始する」といった緊迫した無線通信、機関銃、迫撃砲はくげきほう、戦車などの兵器たちの精密な動き。そういった想像は、めったに食べられない御馳走ごちそうのように美味だった。

 6月30日には県庁所在地・北都市陥落。

北都市の中心地に建つテレビ塔・留加タワーに翻る日の丸。

北都市繁華街・「るかるの」を国防隊がパレードしていく。

ずんぐりとした10式戦車、両側に4個の車輪を装備した96式装輪装甲車、長大な砲身を誇る99式自走155㎜りゅう弾砲、そして銃剣付きの自動小銃を持ち、赤いスカーフも勇壮な普通科の行進。

 多くの人々が街頭ビジョンの前に、群れた。全員と同じ”喜び”を共有したいという気持ちはSNSでも同じだった。


「#北都陥落」

「#戦勝」


といったハッシュタグが、軒並のきなみトレンド入りした。戦勝の快感はスポーツよりも過激で、それゆえに麻薬だった。

 スポーツはレフェリーやルールに雁字搦がんじがらめにされる。だが戦争には両方とも存在しない。日本政府に言わせれば、事変はあくまで「暴徒鎮圧の為の治安出動であり、警察活動」なので、戦時国際法という“わずらわしい”ものを気にする必要がなかった。そして、国際世論は自国の不況に気を取られて、日本のことに関心を払っている余裕はない。

全くの「自由」であった。そして、それが戦争の面白さであった。


国防隊戦死者【108名】戦傷者【305名】

留加人民被害数:不明

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る