第3話 総理大臣記者会見

 路面電車ろめんでんしゃ十字台じゅうじだいの坂をり始めていた。加速しすぎると、あわててブレーキがかかる。すると旧型電車は、びのある摩擦音まさつおんを立てた。

 

 がらきの車内で、隣に座った豪太ごうたつぶやいた。

「大丈夫かな」

「どうした?」

「すぐ終わるだろう」

「そうだよね」自分に言い聞かせるように、豪太がうなずいた。

車輪しゃりんすべる音が、けたたましく、車内にね返る。

 カーキ色にられた74式小型トラック《軍用パジェロ》が、坂を上っていくのとすれ違った。さらに74式大型トラックが3台、続けて通り過ぎた。

 心配なんて、無意味だ。

 オレたちにできることなんて、もう何もありはしない。

 のぼるは足を組むと、シートに座り直した。


 南ヶ原みなみがはらの高級住宅街に、家はある。二階建ての戸建て。玄関に入ってすぐ、義母ぎぼがこう言った。

「どちらにいらっしゃったんです? 登さん」

 自分と10歳ぐらいしか違わない、親父の後妻ごさい。登は、とにかくこう言った。

景子けいこの家です。知ってるでしょ」

「お父さんは今日、帰れないと……」

「それはさっき、電話で直接聞かされました」

 靴をそろえると、まっすぐ洗面台に行った。義母はリビングでテレビにかじりついていた。だがテレビの続報は流れていない。

 無意味なことを、と登は思った。

 総理大臣の記者会見は結局、ずるずると伸びて、6時半になった。夕食のため、しかたなく、リビングに行くと、ちょうどテレビで会見が流れていた。

夕食は、義母の作ったカレイのムニエル。小骨こぼねが多くて、食べにくかった。イライラしながら骨を取っていると、会見が始まった。


濃紺のうこんまくをバックに、青色の防災服を着た中村なかむら総理大臣が現れた。よどんだ目つきを左右に注いだまま、言いたいことだけを言って帰った。


留加るか県知事の、このような、暴挙ぼうきょにはですね、厳重に非難し、封鎖ふうさ解除のため、隣接りんせつ自治体、警察、国防隊こくぼうたいの力を合わせて対応する。国民の、皆様は、冷静に、政府の指示に、従ってください」


 クラス担任の村井むらいの方がもっと堂々としているな。まず、登はそう思った。会見後、解説者が、総理大臣の空疎くうそな会見内容を補強するコメントをひねり出していた。


 無意味、無意味、と呟きながら、登はまた部屋に戻った。

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