第22話 赤い鳥

だれもいない屋上で、僕は空を眺めていた。

真っ青に透き通った、雲一つない5月の空だった。


美しかったが、寂しかった。

雲ひとつない空は。

思い出せないことばかりのまま。

楽しかったことも、美しかったことも。


苦しいが、それは漠然としたもや

何もない空は、起伏のない平面。


夕暮れはまだ遠い。


 夢うつつに、そんな歌が聞こえた。目を開けた時、登はシートに座っていた。微妙に震動しているので、最初は車の荷台だと思った。だが、キーン、という耳障りな音が、車ではないことを教えていた。

 ヘリコプターか。

 登は、窓から下を眺めた。耕運機こううんきによって正方形に形成された水田と白いビニールハウス、そして送電線が張られた山の上を飛んでいる。

「っ……」首筋がやけどをしたようにヒリヒリと痛んだ。

 前のシートに留加めぐみがいた。

 歌は、彼女の声だった。

 空を見ながら、祝詞のりとのようにそれを口ずさんでいた。

「これは、なんだ?」

 留加めぐみが、歌うのをやめた。

「赤い鳥」

「赤い鳥?」

 コックピットの方から、吉村美沙よしむらみさが姿を現した。

 登は、思わず身構えた。

 留加めぐみの代わりに、吉村が解説した。

「これは東京消防庁の消防ヘリ。国防隊や、警察では留加人るかじんや留加にルーツを持つ本土人への警戒が厳しいけれど、消防は警戒が甘い。”同志”を内部に作り、訓練を名目にヘリを持ち出すことは容易だった」

 登は機内を見回した。確かに心電図、AEDなどの救命装置が装備されている。他にも、スライドドアの外には、要救助者を吊り上げるためのホイストがあった。確かに消防ヘリのようだった。

「だが……そんな馬鹿な。首都が攻撃された今、警戒は厳重になっている」

「部分的にね。官庁街や陸路の検問は厳重になったけれど、そのぶん警官隊は分散し、手薄てうすになった。消防庁も空襲対策に専念しているばかりで、ヘリを盗まれることは想定していない」

 吉村は、留加めぐみを守るように、すぐ脇に立った。右手を自分の腰の後ろに回している。ホルスターに収められたピストルに手をかけている。それが、登には分かった。思わず、ごくりと喉が鳴った。

「どこへ連れて行く?」

 それをいた声は、一気に小さくなっていた。

 留加めぐみが、答えた。

留加るか

 めぐみの表情は、いたって平静だった。

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