第23話 謀略の空~高校爆破の真実

 登は、吉村の顔をにらんだ。

「お前、留加るかだったのか?」

 留加人るかじん(留加県で出生し、5年以上在住した者)は、「留加人識別表示法」で胸に白い札を付ける義務がある。公安が厳重に監視し、装着していない者は処罰される。なぜ白い札を付けていない?

「私は留加人ではありません。内地出身です。でも親の仕事の関係で、3年ほど留加に住んでいました。そのときに”小礼これい様”に大変、お世話になりました」

 日本の公安は案外、無能なんだな。とりあえず登は毒づいた。

 留加めぐみは、吉村などから”小礼これい様”と尊称されている。どうやら、相当な有力者の娘であることは分かった。要は、俺は人質というわけか。

 登はともかく、状況をそう理解した。


「どうやって、連れ出した、いてぇ……」

 話すと、スタンガンでやられた首筋が痛む。

 ここでも吉村が答えた。

「私たちは、小礼これいさまをお助けするため、計画を練っていた。そこで、あなたとお義母かあさんを、スタンガンで気絶させた。その後、小礼これいさまと、あなたを車に乗せて、私たちは十字台じゅうじだい高校に移動した」

 呻きながら、登は問い返した。

「……学校に?」

「そう。校舎や体育館がやられた結果、学校はほとんど無人になっている。校庭にも人はいない」

 首筋をでていた登の手が、止まった。

「まさか?」

 吉村は、口元を微かにゆがめた。

「火災現場の上を消防ヘリが飛んでいても、地上の人は現場検証ぐらいにしか考えない。だから消防ヘリは、ほとんど怪しまれることなく校庭に着陸、計画通りに合流した私たちを乗せて、飛び去った」

「アンタは、他に何をしたんだ?」

「私は初瀬くんの監視、そして高校体育館倉庫にミサイル誘導装置のセットを担当していました」

 そういうことか。

 登にはすべてのカラクリが読めた。政府もマスコミも十字台駐屯地・補給司令部を狙ったミサイルが外れて、近接する十字台高校に着弾したと思っていた。だが実際は、吉村がセットした誘導装置により、最初から高校へ着弾するように仕組まれていた。

「なんで、学校を爆破した?」

吉村は答えた。

「敵に捕らわれた小礼様をお助けするためです。十字台高校を爆破して、無人とする。無人となった校庭をヘリポートに……」

 その顔に、表情がない。

「そうじゃねえよ!」

 爆風で吹き飛ばされ、教室の壁に突き刺さった鋭利えいりな窓枠。そのシルエットが、脳裏に突き刺さっている。触れられるだけで、脳みそがうずく。

「生徒が死んでも良かったのか、って聞いてるんだ!」

「夜の学校は無人です。それに私自身が体育館のそばで、誰も近づかないように見張ってました」

 登は、ってかかった。

「おかしいだろ。ヘリポートになる広い校庭が必要なら、廃校になってた赤尾第二小学校があったじゃないか。なんで高校を爆破する?」

「赤尾第二小学校は台地の中腹にあって敷地が狭かった。それに赤尾は行政センターとして再利用される予定で、区役所が校庭・校舎を完全に封鎖してました。だから私たちには手が出せなかった。それで、十字台高校を利用するしかなかった」

 もう、話はいい。とにかく今は逃げないといけない。クソ。

 窓から下を眺めた。国道沿いには広い駐車場を備えたコンビニが見える。車で来た利用客のために地方のコンビニの駐車場はとても広い。そこに軍用トラックが何台も停車していた。

 そこで、登ははっとした。

 最近、SNSを流し見していた時、偶然見かけた動画があった。地方のコンビニが政府軍の”酒保しゅほ”(売店)として機能し、兵士たちがタバコやお菓子などの嗜好品しこうひんなどを買い込んでいる様子を写したものだった。

このヘリが着陸した後、隙をついて逃げ出してコンビニまで行ければ、助かる。

 その時、コックピットから声がした。

「小礼様、ランデブーポイントまであと1時間です」

 ”小礼様”と呼ばれた留加めぐみが、「分かった」と答えた。

 登は”小礼様”に聞いた。

「どうした?」

「消防ヘリの航続距離こうぞくきょりは限られている。政府軍と留加軍の前線を飛び越えるのが精1杯。だから、ヘリを降りてから車に乗り換えてもらう。」

「そうか」

 その時が正念場だ。

 吉村の左手がすっと伸びた。スタンガンが握られている。

 そうはさせるか。登は、その左手をつかみ、そのまま向こう側に押し倒そうとした。だが、吉村の足が登の足先を払っていた。呻き声を上げ、つんのめった。目の前に、吉村のパンプスを履いた足。だがすぐに、その足が視界から消えた。あわてて起き上がろうとした。しかしその前に、吉村が馬乗りになっていた。

「うおっ」首筋に電撃が走り抜けた。

 意識が飛ぶ中、後ろ手で振り回した手が、吉村の手をひっかいた。だが、すぐに手ごたえをなくした。

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