第37話  ”国民純化計画”

「登、庭に出よう」

 親父はぽつりと言うと、サンダルをつっかけた。

 家の裏手には小さな庭があった。そこへ親父は登と瀬帆せほを誘った。先を歩く親父の白髪は薄く、背中が曲がり始めていることに気づいた。

 登の知る親父の背中は、もっと大きくてがっしりしていた。こんな重たげに、両足を擦り気味に歩く人ではなかった。

「なんでだ? 親父」

 親父が、想像以上の重荷を背負って生きてきたことを、登は初めて実感した。そして、この異世界―母の生きている世界に、現世の親父がいる。

 返事はなかった。

 東京が留加によってミサイル攻撃された際、防衛失敗の責任を問われた親父は、統合幕僚長から前線勤務に左遷された。そして前線で行方不明になり、「戦死」と認定されていた。

 登は再び呼びかけた。

「親父、どうして? 敵前逃亡になるぞ」

 もう、3人は庭に出ていた。

 親父が振り返った。

「戦争を終わらせるためだ。それに忠誠は、反逆を隠し持っている」

「どういうこと?」

「私は後悔だらけの人生を歩んできた。妻とは2度も死別し、お前ともずっと距離があった。軍人としても満足なことが出来なかった。私は施設科(工兵)出身だったが、出世の運がなくて、専門外の補給ポストに回されることが多かった。それで、いつのまにか、自他とも認める“補給屋”となってしまった。でも、補給の仕事は気に入っていた。補給のしっかりしていない軍隊に勝利はない。補給は裏切らない。そういうところが気に入っていた。3・11の被災地支援のときも、私は補給作戦の指揮統括を担当した。そして、それが最後の花道だと思ってきた」

 自分がほとんど写っていない家族のアルバムをめくるように、親父はゆっくりと話していた。仕事で家を空けがちな親父は、家ではともかく影が薄かった。しかしそれまで空白だった部分が、少しずつ親父の言葉で埋められていく。

 親父がぽつりと言った。

「だが、中村政権になって、とんだ事態になった」

「とんだ事態?」

「中村総理は、俺を”一本釣り”して、制服組トップである統合幕僚長にえ、国防隊を思うがままに動かそうとしたんだ」

「なんで、親父をわざわざ? 偉くなかったんでしょ? ずっと十字台補給司令官のまんまで」

 親父はため息をついた。

「ヤツらはそこに目を付けたんだ。国防隊内部で冷や飯を食わされていた私を、トップに抜擢すれば、私は恩義を感じて、政権の言う事ならなんでも聞くと読んでいたんだ。私は”操り人形”にされたんだ」

 親父は歯噛みしていた。

「中村総理は、戦争に負けて、アメリカに“去勢”された戦後日本を憎んでいた。だから、留加大社の異世界を侵略して、政府と首相に近い”お友達”だけを引き連れて、遷都せんとするつもりだった。そして総理の考える”すばらしい日本”とやらを作るつもりだった。登、留加事変発生前に、“国民純化計画こくみんじゅんかけいかく”というのが、政府から出されていたのを知ってるか?」

「あの、留加人を差別する法律?」

「あれはスパイになりうる内地在住の留加人を除去する目的の他に、異世界遷都するのに、ふさわしい人間をリストアップする極秘作戦だった。生産能力、知識水準、生殖能力などの条件を基に、20代から30代の純日本人のみを100万人ほどリストアップする計画だった」

「え?」

 政権は、”国民純化”の名のもとに、日本に住む多くの人を見捨てる予定だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る