第38話 忠誠と反逆

「……”国民純化計画”を聞かされた時、私は反対だった。自然災害が多いとか、先の大戦に負けたとか、憲法が軍隊を否定しているのに、実際は国を守るために国防隊を設置したりとか、日本のダメなところはたくさんあるだろう。だが、そこから逃げるのは間違っている。あるがままを受け入れて、そのうえで少しずつでも日本をよくする。それが正しい道だと思ってきた」

 親父おやじは乾いた唇をしめした。

「異世界に逃げ込んで、すべてを忘れようとするのは、無意味だ。私は日本人でありたいし、日本人であることから逃げられない。それはどんな差別や迫害を受けようとも、瀬帆せほさんたちが留加人るかじんであることを願い、そして留加人であることから逃れられないのと同じことだ。今の日本を必ずしも愛しているわけではないが、生まれ育った場所を失うことは辛い。それなのに政府が、一方的に国民を見捨てるのは、裏切り以外の何物でもない」

 登は、顔が青ざめるのを感じた。

「でも中村総理は、留加県を挑発し、先に戦争を起こすように仕向けた。3月の邦城くにしろ雄一郎ゆういちろう留加県知事による主要道路閉鎖は、政府の挑発の結果だ。日本政府は「反乱鎮圧」の大義名分を得て、戦争を始めてしまった。そして、さらに私が耐えがたかったのは、戦争そのものが“補給屋”の職業的良心に反していたことだ。日本全体の少子高齢化で、国防隊の隊員数は年々減少している。それに前線を長期的に維持するための補給能力や輸送能力も足りなかった。

でも、私の進言を中村総理は聞き入れなかった。むしろ忖度そんたくを要求された。協力しなければ異世界遷都の候補者から外すという脅しもあった。私はやむなく作戦指揮を執った。だが、補給不足から一個連隊を見殺しにしてしまった」

 親父の喉が、波打った。

「どんなことをしてでも、戦争を終わらせる。”補給屋”としての意地をかけて。私はそのとき、固く心に誓った。戦争を何としてでも終わらせなければ。そう思っていた矢先やさき邦城くにしろ小礼これいが留加国の使者として、私のもとに会いに来た。政権にさとられないように、私は彼女と会った。そしてその場で、お前が殺戮者になるという真実を教えられた」

「信じたのか?」

「小礼が持つ能力は、本物だ。会談の場で、彼女は瞬時に私の記憶、感情を透視した。私も信じざるを得なかった。そこで、小礼は留加の降伏と引き換えに、難題を私に出してきた。一つは留加の非戦闘員―つまり女、子ども、老人を異世界へ避難させるまで攻撃を停止することだった。これは国際法の観点から考えても絶対にやらなければならないことだ。だが、これは私でも出来なかった。国防隊の最高司令官は総理大臣だった。そして、私には部内での人望がなかった。もともと統合幕僚長に就任するのは寺田陸将であると思われてきた。しかし、私が政権に一本釣りされる形で幕僚長に就任したから、寺田さんも、寺田派の飯塚いいづか陸将、野添のぞえ陸将、矢口やぐち陸将補は反発した。そして私の出す命令を無視し続けた。私は出身兵科である施設科でも、実際に配置されることが多かった需品科でも”異端”だったので、寺田さんのように派閥を作ることが出来なかった。寺田派の班反発や命令無視を抑えるのが困難になっていた。そして小礼の出したもう一つの難題は……」

 もう登には、もう一つの条件が分かっていた。この条件がなければ、わざわざ拉致され、異世界に連れて来られるわけがない。

「最後の一つは、将来の留加人の生存権保障だ。政権の暴走を止め、終戦への道筋をつけることだ。同時にこれには、登が留加人の大量殺戮をしないようにすることも含まれていた。小礼は、登を異世界に連れて行くと言った。”異世界で母親と再会させることで、登の心の中で眠っている良心を目覚めさせる”と言った。……私は悩んだ末に、お前を小礼に差し出した」

 沈黙が落ちた。

「親父、俺を売ったのか? それは国のため?」

 親父はうつむいた。

「父親として許されないことだ。でも、登。……私は、お前に血塗られた道を選ばせるわけにはいかない。これは人間・初瀬真之の意地だ。そしてこれは私なりの終戦工作でもあり、日本に対する忠誠でもある」

 登は圧倒され、そのまま口をつぐんだ。

「政権側に知られれば、この終戦工作がつぶされることは間違いない。中村総理は留加を完全に抹殺した後で、異世界をひとめしたいからだ。私はとりあえず使用人という形で、小礼を家にかくまい、同時にお前のことを観察させた。だが、時間はなかった。政権首脳と公安警察も、私の不穏ふおんな動きに感づき始めていた」

 親父は深く息を吐いた。

「私には、もう打つ手がなかった。軍内部では皆にそっぽを向かれ、小礼を留加へ送り返すことも不可能……」

ずっと立ちつくしていた登は、貧血になりかけていた。嫌な予感が頭をもたげていた。

「親父……まさか、十字台高校を爆破したのは……」

「私だ。私がやらせた」

 親父の顔に、全身の血が凝縮していた。登は思わず、頭を抱えた。

「嘘だろ……おい」

「これ以上、小礼を東京に置くことは危険だった。そして、お前を異世界に連れて行くためには、どうしても一度、小礼と共に留加に行かせなければならない。だから、留加から東京にミサイルを撃ち込ませた。そして日本政府が混乱したすきいて、お前たちを留加へ送り届ける。それが、十字台高校を爆破した主な理由だが、もう一つ目的があった。

それは、留加前線の攻撃スピードを遅らせることだった。十字台高校は、補給司令部のすぐそばにある。そして補給司令部は兵站へいたんの中枢だ。莫大ばくだいな量の火薬や食糧が貯蔵されている。万が一、敵に攻撃されて、火薬が誘爆ゆうばくすれば、補給司令部は街にも大きな被害が出る。当然、補給司令部は貯蔵した火薬や物資を各地に分散させて、全滅を避けようとする。莫大な量の物資を各地に疎開そかいさせるためには、輸送部隊の大半が必要になる。そうなれば当然、前線への輸送はその分、とどこおる。前線にいる寺田派の司令官が、いくら私の命令を無視しても、補給がなければ進退できない。実際、攻撃計画は5日遅延した。小礼が出した難題はこれですべてクリアされる。

そして、私は首都防衛失敗の責任を取って、幕僚長を辞め、前線へ転出する。もともと補給司令官で終わる筈だった私だ。幕僚長のポストに未練はなかった。そして後は、お前も知っている通りだ。前線へ出て、行方をくらまし、社城に入った。そして登を連れて、脱出してきた小礼と城で合流。お前が異世界へ入る2時間前に、この異世界に入り、この世界の初瀬はせ真之さねゆきとして暮らして来た。そして、お前が来るのを待っていた」

 こうして、国に忠誠を誓っていた将軍が、反逆したのだった。

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