第25話  巫女兵の城

「な、なんだ。これは?」

 登は、あわてて部屋を飛び出した。

 ふすまを開けて、出た先にはひのき張りの廊下。

 見渡して見ると、かなり長い。50メートルはある。中学時代、修学旅行で行った京都の二条城にじょうじょうを、ふと登は思い出した。もちろん、二条城よりは小さかったが、ぜいらした和風建築であることは間違いない。


 とにかく、廊下を歩いて行こうとした時、「御目覚めになりましたか?」という聞きなれた声がした。 

 巫女装束になった吉村美沙よしむらみさが立っていた。部屋の見張り番をしていたらしい。

「ここは、留加るかなのか?」

「ええ。留加の中枢・社城やしろじょうです。ここは城の本丸御殿ほんまるごてんです」

「やしろ?」

「ここには留加大社るかたいしゃやしろがあります。邦城家くにしろけは代々、大祝おおほうり兼領主として留加を治めてきました。そして留加人もまた留加大社を精神的な支柱としてきました。私は巫女兵みこへいとして働いています」

「みこへい?」

「留加大社、そして“朱のあけのもん”をお守りする護衛兵です。留加大社では巫女みこつわものとして、大社をお守りする使命を有しているのです」

 緋袴ひばかまの腰元にはホルスターが付いていた。それが異形であった。

 廊下を巫女兵が優雅な足取りで過ぎてゆく。そのうち1人が衣擦れの音を微かに残して、近寄った。そして何事か吉村に耳打ちした。

 吉村は「ありがとう」と言って、巫女を返した。

 そして、登に言った。

小礼これい様が、お会いになるとのことです。ついてきてください」


 巫女兵が薙刀なぎなたを携え、れするような整然とした動きで、一列に廊下を進んでいく。

 それとすれ違う形で、吉村美沙と登が行く。

 巫女兵たちが、吉村に対して敬礼した。

 巫女兵の装束の襟には、黒線で階級章表示がなされていた。ヒラの巫女兵は細線一本。それに対して、吉村の襟には黒の太線が1本引かれていた。どうやら吉村は士官に相当するらしい。

 様々な部屋を通り過ぎた。

 畳の上にカーペットをき、テーブルと無線機が置かれた和室では、巫女兵たちが盛んに言い合っていた。

「第132グループ387名。無事に移送を完了しました」

「第133グループ403名は午前2時30分までに、移送する予定になっています。前線にいる第1連隊は潰滅かいめつ寸前です。予定を繰り上げる必要があります」

「そこは、上に確認してきます。ちょっと待っててください」

 断片的に、そんな会話が聞こえて来た。

 一般人らしい老人、女・子ども、妊婦が集まっている広間もあった。

 5分ほどで、吉村と登は、本丸御殿の玄関車寄げんかんくるまよせに出た。そこには訪れた観光客のために下駄箱げたばこが用意されていた。事変前、社城は本丸御殿、櫓などが完璧な形で残る、数少ない城跡として国宝に指定されていた。それゆえ観光客も多かったのだが、籠城戦ろうじょうせんとなった今では、観光客もいない。観光客用の下駄箱、案内パンフレット、展示台、スタンプラリー用のスタンプ台などもすべてほこりをかぶっていた。

 吉村は下駄箱から登のローファーを取り出し、そっと三和土に置いた。登はローファーを履いた。観光客向けのパンフレットが一部落ちていたが、誰かに踏みつけられたまま、もう見向きもされない。

 外に出ると、もう夜だった。

 都会と違って星が見える。かがり火がそこかしこでかれていた。振り返ると、本丸御殿の破風はふが、見事な曲線を描いて聳えている。 

 吉村が、城壁にそって歩いていく。敵を攻撃するために複雑に折りたたまれた漆喰しっくいの壁の上には、鉛色なまりいろかわらっていた。総塗籠そうぬりごめやぐらの上も同様で、瓦の一枚、一枚が、かがり火の光ににぶく輝いている。


「鉛の瓦?」

「ここの瓦は籠城した際に、溶かして鉄砲の弾丸にできるように鉛瓦にしてあるのです」。 

しばらく行くと小さな門があった。神前幕が飾られ、薙刀なぎなたを持った2名の巫女兵が警護している。薙刀の穂先がかがり火を映していて、なぜか荘厳そうごんに見えた。

 吉村が命令した。

吉村よしむら巫女兵少尉みこへいしょういである。開門しなさい」

「かしこまりました」

 門が音もなく開いた。

「さあ、お入りください」

 吉村は、登を促した。

 登は、崖から飛び降りる思いで、門を一気にくぐった。


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