第26話 邦城小礼はかく語りき

社丸やしろまるです。この先に留加大社るかたいしゃ本殿ほんでんがございます」

 本当にここは現代なのか? 現代になってもこんなことがあるのか? 本殿の廊下を歩きながら、登はそれをまず思った。


 本殿の大広間は、格式かくしき高いしつらえとなっていた。天井は豪華な折上格天井おりあげごうてんじょう上段じょうだんには“主君”のための玉座、脇息きょうそく(ひじ置き)が置かれている。さらに武者隠むしゃかくしふすまには、縁起の良い松の絵が描かれていた。

 そして、大広間には五十名以上の巫女兵みこへいがずらりと顔をそろえていた。いずれもこうべを低く、上段の間を正視しないように配慮していた。修学旅行で行った二条城にじょうじょうと、そこに展示されていた大政奉還たいせいほうかんの絵を、登は思い出した。政権返上を宣言する最後の将軍・徳川慶喜とくがわよしのぶ、側に控える幕府高官、かみしもを着て居並んだ大名だいみょうたち。

 全空間の畏敬いけいが、上段の間の玉座に集中していた。

「座ってください」

 吉村に命じられて、登は末席に正座させられた。

「頭を下げて」

 言われるままに頭を下げた。ふと横に座っている巫女兵が、自分とほとんど変わらないことに気づいた。そばかすの浮いたあどけない横顔と真剣なまなざしが、対照的であった。登はなんだかいたたまれない気がした。

出御しゅつぎょである」

 侍女頭じじょがしらのような貫録をした中年の巫女兵が、そう呼ばわった。

 すべての巫女兵の頭が、一段と低くなった。そばにいた吉村が、登の頭を心持ち、下げさせた。

 頭を押さえられているので、頭を上げることもできなかったが、襖の開く音と衣擦きぬずれの、微かな音とかろやかな足音が、玉座に乗った。

「一同、表を上げよ」

 上段の間の玉座に、邦城くにしろ小礼これいが君臨していた。

 小礼は巫女装束で、頭に金色の髪飾りを付けていた。更にお召しの巫女装束には、他のものと違って、階級章がない。階級など超越したところにいるのだ、ということがはっきり示されていた。

「我こそは、留加大社るかたいしゃ巫女頭みこがしら邦城くにしろ 小礼これいである。先ほど、無事帰還いたした。皆、心配をかけてあいすまぬ。戦局は悪化し、皆も苦しいと思う。大切な家族をうしなった者も多いであろう」

 すすり泣く声が、巫女兵たちの間で低く聞こえた。

 そして、小礼はあくまで母親のような厳しさと優しさで、言葉をつむいでいく。

「今は詳しく申し述べることはできぬが、東京にて、終戦へ向けた様々な取り組みをして参った。必ず、皆を王道楽土おうどうらくどへと案内いたす。それゆえ、どうか安心してほしい。さて、本日は、客人まれびとをお招きしている。皆に紹介したいと思う。日本国国防隊統合幕僚長・初瀬真之陸将の御子息・登氏である」

 侍女頭が、吉村の方を見た。

「吉村、客人まれびとをこれへ」

「かしこまりました。ご無礼仕つかまつります」

 吉村が、登の手を取った。

 さっと、潮が引くように巫女たちの隊列が横にはけた。まっすぐと玉座へ至る道が生まれた。登は吉村の手を払うと、自分で歩き出した。そのまま上段の間にどっかりとあぐらをかいた。

「無礼者!」

 侍女頭が叫んだ。

 登は鼻に皮肉な小皺こじわを寄せた。

拉致らちしておいて、“お招きした”? “客人”? ……たいした物言いだな」

 吉村が、登を引き下ろそうとした。しかし、その前に小礼が制した。

「鏡の中の映像は、見ましたか?」

 小礼は、そう言った。

「見たよ。薄気味悪い映像だ」

「あれが、あなたの未来です」

「ふざけんな」

 登は、小礼を睨み返した。

 小礼は、手をそっと侍女頭の方へ伸ばした。侍女頭は一冊の和紙綴わしつづりの帳面ちょうめんを差し出した。

 それを見ながら、小礼は話した。

「私の姉、瀬帆せほには予知能力がある。瀬帆によれば、あなたは高校卒業後、国防大学へ進学。卒業と共に国防隊三等陸尉に任官。国防大出身のエリートとして陸将にまで出世。その後、黒木武義内閣において新設された国家保安大臣に就任。秘密警察・国家保安省の最高責任者として、反政府派、一般民間人、罪のない留加人を多数虐殺した。特にその武器となったのは“非国民制裁砲ひこくみんせいさいほう”だった」

「“非国民制裁砲”?」

「正式名称:電磁波特殊砲でんじはとくしゅほうRV297。射程範囲は半径100キロ。超高速度で打ち出された電磁波を、誤差3センチの範囲内で、特定の座標に着弾させることが出来る新兵器。これによって特定の人間の脳髄を破壊する。人工的に脳死状態を作り出したうえで、標的の全臓器を摘出し、移植手術などに再利用した。この前例のない粛清作戦——コードネーム:“冬作戦”をあなたは計画し・実行した」

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