第7話 侵入禁止の話題

「おはようございます。ご主人様」

 めぐみの声と、ドアをノックする音。

「朝食の準備が整いました。失礼いたします」

「おい、やめ……」

 のぼるが止める前に、めぐみは部屋に入ってきていた。

熱帯夜の続く中、寝巻は汗だくになっている。とても同年代の女性に見せられたものではない。

 だが、めぐみは、登のスウェットを手早く脱がせた。そしてズボンに手をかけた。

「失礼します」

「お、おい……」

 脱がせるときに、彼女の指先が登のパンツに触れた。しかし嫌そうな表情もしなかった。むしろ、登の方がドキリとしてしまった。

 めぐみは、かいがいしく働いていた。


少女、それも赤の他人に着替えまで手伝わせる男って、今時いまどきいるか。あのクソ親父には分かんないかもしれないが、オレにもプライドがある。こんな昔の大名みたいな時代遅れなことを喜ぶ人間だと思ってるのか!

 登は、心の中で親父に対する呪詛じゅそを垂れ流した。


「行ってらっしゃいませ」

 めぐみのんだ声に見送られて、登は家から逃げだした。

 登はそもそも性的なことが嫌いだった。露骨ろこつな性の話を聞くと、それだけで侵入禁止の場所に、土足で押し入った気がする。だから、男子と話す時はいつも下ネタを振られたらどうしよう、と身構みがまえてしまう。そのせいか、中学生時代から男子と友達になるのが苦手だった。

 豪太ごうたは例外である。豪太も性の話は苦手な性質タチだ。だから、その点でもウマが合った。

 一方、男子と話さない分、女子とはよく話した。登の経験上、女子は性的な話をあまりしない。男子が女子を困らせようとして性的な話を振ることはよくあるが、逆はほとんどない。しゅんのドラマ、ベストセラー小説、人気のスポーツ、女子との話題は、そんな”無難”な話題ばかりだ。とにかく女子と話した方が、色々と安心だったし、楽だった。

 だが、女子とばかり話しているので、男子から女好きとさげすまれた。そんなことのため、今度は逆に異性と話をしているところを見られたり、話題にされることが怖くなった。景子けいこと話しているところも、実は他人にあんまり見られたくない。

 登は、早速クラスメートの顔を次から次へと思い浮かべた。榎木えのき皆藤かいとうのような“悪ふざけ組”に知られると厄介やっかいだ。イジってくることは間違いない。相談相手は穏健おんけんな豪太にするか。だが、豪太は人がよすぎる。それ以上に小心でもあり、秘密を守る事の“重み”にはえられない。

 最後に思い浮かんだのは景子けいこだった。小学校時代からの“くさえん”がある。だが、口が軽いところがある。

とにかく他人ひとはアテにはならない。

「無意味なことを考えたな」と登は、ひとりごちた。

学校の正門が見えて来た。今日もサングラスをかけた生活指導の先生が「コラッ、あいさつしろ!」と声を張り上げていた。


「大人は、無意味なことしかしない」

登は、そうき捨てた

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