第28話 朱の門~異世界への入口

 小礼これいが、先を歩いている。

 蝋燭ろうそくの他に明かりはなかった。そんな城中を、小礼とそれを守る巫女兵みこへいの列が行く。どこか幻想的で、儀礼の前のようなおごそかさがある。

「小礼、一つ、聞きたいことがある」

 涙をぬぐった登が、もう一度、聞き直した。

「なんで、俺が国防隊に入る。俺はお前の言う通り、男社会が嫌いだ。下ネタや露骨な性の話を振って来るような中に入るのは、死んでも嫌だ。その俺が、どうして国防隊に入る?」

 小礼は、歩調をゆるめなかった。

「他に選べる選択肢がなかったからです。留加事変るかじへんは長期化。日本は、私たちを支援する国連や外国とも関係が悪化しました。結果、他国との紛争が多発します。これに対して、日本政府が徴兵制を施行。また日米同盟を強化するために、徴兵制により増強した政府軍を激戦地へ派遣するようになりました。あなたの父上は、卒業すれば即士官となれる国防大学にあなたを入れることで、生命や好待遇を保障しようとした」

「結局、俺が虐殺者になるのは、お前らが起こした戦争のせいじゃないのか?」

「私たちは、あなたが虐殺を行う未来を変えたい。変えることができれば、『私たちの側』は戦争を終える」

「『私たちの側は』? なんだそれ。日本政府が戦争を終わらせたくないみたいな言い方だな。……はっきりしないな、どこへ行くんだ?」

「見えました」

 小礼これいが、登を中庭にいざなった。こけむした岩、大きな池、石造りの橋などがある。昔はよく手入れされた庭だったらしいが、今は多くの人に踏み荒らされ、しばが枯れていた。石灯籠いしどうろうも横倒しになっている。

 橋を渡った先に、朱色しゅいろの門が聳えていた。

「日本政府が留加に戦争を仕掛けた理由は、これです」

 政府の方が先に戦争をしかけた?

「それは間違いだ。お前たちが主要道路を封鎖したから、戦争に……」

 小礼は朱色の門のそばで、縁側にいる登を手招きしていた。周囲を見回すと、小礼を守っていたはずの巫女たちは、縁側でひざまずいている。

「行ってください」吉村美沙よしむらみさが、促した。

「いや、だが」登は目で、ひざまずいている巫女兵たちを指した。

「あの門に近づけるのは小礼様のみです。我々は許可なく近づくことは出来ないのです。さあ、行ってください」

 一人の巫女兵が、登の足元に靴を置いた。登はともかく靴を履いて、中庭を歩き始めた。

 何かの聖域のようだった。そう思うと、急に怖くなってくる。

「これはなんだ?」

「 “あけもん”」

 赤い袴を履いた小礼の下半身が、朱色の門と同化しているように見えた。

「私しか、この門を開けることは出来ない」

「この先には、何がある?」

「異世界」

「は?」

小礼のまっすぐな視線が、登の視線とぶつかった。吸い込まれるような瞳、と思った。

「異世界というとみんな、中世風のRPGのような世界と思ったりする。でも本当の異世界というのは、本来はありえなかったもう一つの人生を感じることが出来る世界。転生もしない。等身大の自分を、少し違った人生の流れに置くことが出来るだけ」

「異世界へ、俺を? 何のために?」

 小礼は、門扉をでた。

「向こうには、私の姉がいます。瀬帆せほと言います。あなたが虐殺者となる未来を予知した姉です。姉の案内を受けて、あなたは向こうの世界の、あなたの家に向かってください。向こうの時間で1週間。こちら側の時間では1時間。その後、姉があなたを現世に連れ戻します」

「ちょ、ちょっと待て。なんで俺がそんなところに行かなきゃならない? 戻って来られるかも……」

 小礼が、きっぱりと言い放った。

「向こうの世界には、あなたの母上がいる」

「え?」

「あなたに、母上と会ってほしい。そのうえで、本当に虐殺者になりたいか、どうかを考えてほしい」

 母さんと?

 そう思ったとき、ある種やけくそになった。

「分かった、……分かったよ。行きゃいいんだろ。行きゃ」

 小礼が、そっと門を押した。

 蝶番のきしむ音と同時に、青白い光が放たれた。あの未来を覗き見た鏡から発せられていたのと同じ色。登は顔を覆った。

 そして、光が消えた。

 登は、目元を隠していた手を下した。

 もう、城の中ではない。

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