第28話 朱の門~異世界への入口
「小礼、一つ、聞きたいことがある」
涙をぬぐった登が、もう一度、聞き直した。
「なんで、俺が国防隊に入る。俺はお前の言う通り、男社会が嫌いだ。下ネタや露骨な性の話を振って来るような中に入るのは、死んでも嫌だ。その俺が、どうして国防隊に入る?」
小礼は、歩調を
「他に選べる選択肢がなかったからです。
「結局、俺が虐殺者になるのは、お前らが起こした戦争のせいじゃないのか?」
「私たちは、あなたが虐殺を行う未来を変えたい。変えることができれば、『私たちの側』は戦争を終える」
「『私たちの側は』? なんだそれ。日本政府が戦争を終わらせたくないみたいな言い方だな。……はっきりしないな、どこへ行くんだ?」
「見えました」
橋を渡った先に、
「日本政府が留加に戦争を仕掛けた理由は、これです」
政府の方が先に戦争をしかけた?
「それは間違いだ。お前たちが主要道路を封鎖したから、戦争に……」
小礼は朱色の門のそばで、縁側にいる登を手招きしていた。周囲を見回すと、小礼を守っていたはずの巫女たちは、縁側でひざまずいている。
「行ってください」
「いや、だが」登は目で、ひざまずいている巫女兵たちを指した。
「あの門に近づけるのは小礼様のみです。我々は許可なく近づくことは出来ないのです。さあ、行ってください」
一人の巫女兵が、登の足元に靴を置いた。登はともかく靴を履いて、中庭を歩き始めた。
何かの聖域のようだった。そう思うと、急に怖くなってくる。
「これはなんだ?」
「 “
赤い袴を履いた小礼の下半身が、朱色の門と同化しているように見えた。
「私しか、この門を開けることは出来ない」
「この先には、何がある?」
「異世界」
「は?」
小礼のまっすぐな視線が、登の視線とぶつかった。吸い込まれるような瞳、と思った。
「異世界というとみんな、中世風のRPGのような世界と思ったりする。でも本当の異世界というのは、本来はありえなかったもう一つの人生を感じることが出来る世界。転生もしない。等身大の自分を、少し違った人生の流れに置くことが出来るだけ」
「異世界へ、俺を? 何のために?」
小礼は、門扉を
「向こうには、私の姉がいます。
「ちょ、ちょっと待て。なんで俺がそんなところに行かなきゃならない? 戻って来られるかも……」
小礼が、きっぱりと言い放った。
「向こうの世界には、あなたの母上がいる」
「え?」
「あなたに、母上と会ってほしい。そのうえで、本当に虐殺者になりたいか、どうかを考えてほしい」
母さんと?
そう思ったとき、ある種やけくそになった。
「分かった、……分かったよ。行きゃいいんだろ。行きゃ」
小礼が、そっと門を押した。
蝶番のきしむ音と同時に、青白い光が放たれた。あの未来を覗き見た鏡から発せられていたのと同じ色。登は顔を覆った。
そして、光が消えた。
登は、目元を隠していた手を下した。
もう、城の中ではない。
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