第33話 天音サイド~ 保養所

 BBQが終了し、泊まり組は保養所に移動した。各自部屋でまったりした後、19時に食堂に集合と言われた。


 保養所は……宮内が言っていたようにヤバかった。

 雨漏りの跡なのか、天井や壁には染みだらけでおどろおどろしく、襖や障子は破れたまま、布団などは黴臭くとてもじゃないが寝たい代物ではなかった。

 毎年利用しているんだから、もうちょいなんとかならないのか? と思わなくもない。

 各自帰る時は部屋を清掃して帰ることと言われているが、もしかして業者による清掃とか入ってないのかもしれない。

 部屋に荷物を置きに行ったら、明らかに去年の忘れ物と思われるゴミ(酒の缶)が転がっていたから。

 軽く掃除してゴミを捨て、換気の為に窓を開けてきたが、夕方でなければ布団も干したかったくらいだ。


 僕は、スマホに送られてきた部屋割りを見ながら一階にある榎本の部屋の扉を叩いた。


「おう! 入れ」


 部屋では榎本と榎本より二年先輩の灰沢がビールを飲んでおり、すでに空き缶が数個転がっていた。

 さっきもかなり飲んでいた筈で、しかも夕食後というか夕食から大宴会になるだろうと予測されるのに、この休憩時間にもまだ飲むのかと、底無しの酒量に感心してしまう。

 榎本の筋肉のエネルギーは、酒からできているのかもしれない。


「笹本、おまえも飲むか? 」

「いえ、僕はちょっと休肝させます。あの、今いいですか? 」

「あ、俺、風呂行ってくるわ。ほんじゃ、ごゆっくり」


 僕が榎本と話しやすいようにか、灰沢がビール片手にタオルだけ持って部屋から出ていく。

 着替えは……なさそうだ。一泊だからか、男子で荷物を持っている人の方が少なかったし、この部屋のどこにも旅行バックはない。

 逆に、女子は一泊だよね? と聞きたくなるくらい大きなバックを持っていたが。


「まあ、座れよ。つまみ、食うか? 」


 榎本の前に座ると、榎本は僕にスルメをすすめてきた。


「ありがとうございます」

「ウヒョー、おまえがスルメって、なんか似合わねぇな」


 自分ですすめておいて何を言う。

 榎本はチョコレートをかじりながら、ウヒョーウヒョーとうるさい。


「榎本さん、チョコばっか食べてると、糖尿になりますよ」

「苦いビールに甘いチョコがいいんじゃんか。で、何? 俺の糖尿を心配しにきた訳? 」

「そんな訳ないじゃないですか。先輩って、希美ちゃん狙いですよね? 可愛い、可愛いっていつも言ってますもんね」


 榎本はキョトンとした顔をする。


「へっ? 事実を言っただけだけど。可愛いじゃん有栖川ちゃん。胸もでかくてエロ可愛いよな。あの可愛さにエロい身体って、男のロマン満載じゃん」

「そうですか? 僕は肉感的なのはちょっと……」

「ああ、高柳みたいなスレンダーなのもいいよな。ほどよい大きさの胸。形とか良さそうだし。大きい方がいいとは思うけど、やっぱり形も重要だよな。……感度も捨てがたいか。大きくてもアハンウッフン言ってくれないと盛り上がらないもんな」

「榎本さん、胸の話しばっかですね」

「当たり前だろ! 女は胸だ! オッパイだ! 」


 あ……最低発言。

 女子がいたら、吊し上げられる案件なやつだ。


「オッパイはおいておいて、彼女にしたいなとか、そういう感じですか? 」

「俺が? 有栖川ちゃんと? ないない! 第一、相手にされないだろ」


 大口を開けながらガハガハ笑う様子は、あまりにあっけらかんとしていて、二心などまるでなしという感じだ。


「そう……なんですか」

「なんだよ、有栖川ちゃんのアプローチがきつくて、俺に押し付けようってのか? 」

「いえ、あの、榎本さん……じゃないんですけど。榎本さんが希美ちゃんのこと特に狙ってないならいいんです。すみません、変なこと聞いて」

「おう、別にかまわん。感度が良くて、美乳、巨乳がいたら紹介してくれ」


 最終的には感度をとったらしい。

 けれどそれは経験しないとわからないことだし、榎本と義兄弟になれというのだろうか? 無理な話だ。


 ペコリと頭を下げて榎本の部屋を出ると、今度は二階に向かった。


 今回の部屋割りは、一階が男子部屋、二階が女子部屋、三階は役付きとなっていた。役付きは、今回は部長や次長がきていないので、課長が一番上で二人、係長が五人来ていて、みな一人部屋だ。そして何故か女子で唯一一人部屋になった凛も三階の一人部屋を割り当てられている。今年は女子の参加人数が多くて……と説明されたらしいが、明らかに中村係長が夜這いしやすいようにという意図が見え見えだ。

 なにせ三階組は、朝まで飲み続けてもケロッとしている酒豪揃い。毎回徹夜で飲み続け、部屋に帰って寝ることはないらしい。ゆえに三階はいつもキレイだということだ。


 二階の階段脇の部屋をノックした。


「笹本です」

「はーい、どうぞぉ」


 鼻にかかった甘ったれた声がし、希美がひょっこりと顔を出した。


「やーん、天音君。遊びにきてくれたの? 入って入って。今ね、春香ちゃんお風呂いってるの」


 腕を引っ張られ、無理やり部屋に引きずりこまれた。これでもかというくらい胸を押し付けられ、上目遣いでバサバサとツケマを瞬かせる。

 下着のようなキャミソールにホットパンツ。部屋着としても露出過多で、この格好で人前に出るつもり? と、社会人としてどうなんだろうと思わなくもない。手にはロングカーディガンが握られているから、これを上から羽織るんだろうけど、わざわざ脱いで出てきたのは、お色気アピールということだろう。


 全然魅力感じないけどね。

 というか夏とはいえ冷房ガンガンでこの露出は寒々し過ぎる。


「あのさ、実は希美ちゃんに話しがあって」

「何、何? 言って、言って」


 僕はわざと目をそらし、言うのを悩んでいるようする。


「実はさ……、でもな……」

「気になるゥッ! 」

「あのさ、希美ちゃんは中村係長のことどう思う? ぶっちゃけさ」

「へっ? 係長? 」

「ほら、さっき希美ちゃんが見ちゃったみたいに、家庭にも問題あるみたいなんだけどさ、係長外に恋愛求めてるみたいなんだよね。会社のこととかあるから離婚もできないみたいだけど、前は凛さんに贈り物攻撃とか凄かったみたい」

「お……贈り物? 」

「アクセサリーやブランドのバッグや財布とか。なんか海外にも別荘があるとかで、旅行とかも係長持ちで誘われてたみたいだね」


 希美がゴクリと喉を鳴らす。

 見たまんまだけど、希美はブランド物が大好きらしく、ちょこちょこ男子に貢がせてきたらしい。「お願いなんかしてないのに、みんなプレゼントしてくれるんだぁ」などと、バカ女丸出しの発言をしていた。


「へぇ、そうなんだ。係長って貢ぐ君なんだ」

「らしいね。」


 もちろん嘘だ。

 万が一係長が高価な物をプレゼントしたとしても、凛が受けとるとは思わないし、あのタイプは飼い犬に餌をやるタイプじゃない。


「でさ、凛さんには僕って恋人ができたじゃん」


 希美の笑顔がヒクッと歪む。


「係長もさすがに諦めたみたいなんだけど、最近は希美ちゃんて可愛いなとか言ってるって聞いてさ」

「ふーん」


 満更でもない表情だ。

 係長と希美は一回り以上違うし、性格に難ありだし、ニヤケタエロ親父感は拭えないものの、結婚前に奥さんが一目惚れして、結婚したいと親に訴えるくらいには顔は整っているし、身長は高く、三十半ばには思えないくらいに引き締まった身体をしている。

 あの舐めるようなネチッコイ視線を女子に向けなければ、既婚でもそこそこモテるんじゃないかと思う。つまり、見映えだけならそれなりなんである。


「凛さんの次のターゲットを希美ちゃんにしたみたいだから、ちょっと警戒した方がいいんじゃないかって思ってさ」


 もちろん嘘だ。

 腹立たしいことに、係長のターゲットはいまだに凛のままだから。


「ああ、うん、ありがとう。気を付けてみる」

「今回係長が別荘に泊まらなかったのも、みんなと親交を深めたいんじゃなくて、希美ちゃんにこなかけたいってことみたい」

「ふーん」


 希美は髪をいじりながら、何やら思案顔だ。

 彼女がどう動くか……それはわからない。でも、種は蒔いた。


「そんな訳だから、気をつけてね。後さ、お願いがあるんだけど、いいかな? 」

「お願い? 」

「うん。凛さんがさ、せっかくみんなと旅行に来たのに一人部屋は寂しいって言うんだ。ほら、僕は宮内さんと同室だから、一緒にいてあげれないし」

「いいわよ」


 後ろから声がし、振り返ると頭にタオルをまいた春香が立っていた。


「春香ちゃんお帰り~」


 色気満載(僕には無効だけど)の希美と比べると、黒のダボTシャツにハーフパンツという格好で立っていた。化粧も落とし、スッピンの春香は、ストンとした体型のせいか少年のように見えた。


「いいの? 」

「私はかまわないわ。希美ちゃんもいいよね」

「じゃ、凛さんに話してくる。ありがとな」


 希美の返事をまたずに僕は部屋を出て、凛の部屋へ向かった。

 凛は最初無表情ながら眉を寄せて僕の話しを聞いていたけれど、係長が夜這いにくる可能性を話したら、すぐに荷物を持って希美と春香の部屋へ移動してくれた。

 とりあえず、これであとは凛に貼り付いていれば、係長の魔の手は延びてこない筈……だよな?

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