第35話 天音サイド~宴会

「乾杯! 」


 保養所の食堂には泊まりの社員が気楽な部屋着姿で集まり、六人掛けのテーブルを縦につなげて作った二列の大テーブルの上には、ケータリングの食材とビーチや缶酎ハイが並んでいる。

 昼から飲んでいるせいか、すでに出来上がり気味で、みなテンションが高かった。


 凛は定番の中村係長の隣の席に連れてこられ、それにくっつく形で僕も凛の隣に座り、中村係長の逆隣には希美が、向かい側には春香と榎本が座っていた。係長の腰巾着の宮内も係長の前に座り、酒を注いだり食べ物を紙皿によそったりと、女房役に徹していた。


「凛さん、唐揚げとりましょうか? 青椒肉絲にします? 」

「大丈夫よ、自分でとれるから。天音君、ビールは? 」

「いただきます。あ、凛さん、目の下に睫毛。ちょっと動かないで」


 私が目を閉じると、天音の指が優しく目の下を撫でる。


「おまえらね、目の前でいちゃつくなよ」

「いちゃついてないですよ。通常仕様です。ね、凛さん? 」


 呆れたように榎本が言い、スルメを一本かじる。


「……天音君はパーソナルスペースが近いから」


 だからイチャイチャしている訳じゃないと言いたげな凛に、僕はさりげなく座っている距離を詰めて身体を寄せる。

 凛の許容範囲を越えて近寄っても警戒されないのは、ひとえに僕の努力と壮絶なる我慢の賜物だ。しかも凛の逆隣に係長がいてくれるおかげで、無意識にか凛は僕の方へ身体を傾けてくれている。


 誰がどう見てもイチャついてるようにしか見えないだろう。


「凛さん、いつもと違う匂いがしますね」


 僕がクンクンと凛の髪の匂いを嗅ぐと、凛もスンと鼻を鳴らす。


「天音君もね」

「僕は備え付けのシャンプー使ったから。ほら、髪がギシギシいってる」

「本当ね。私はトラベル用のを使ったから」


 凛の手は自然に僕の髪を撫で、その手で自分の髪に手をやり、長い髪を一纏めにして係長側に垂らす。思わずあらわれた白いうなじに見惚れてしまい、喉がなりそうになる。それを隠すようにグラスのビールをあおった。


「天音君、今、高柳さんのうなじに発情してたでしょ」

「こら、小出ちゃん、女の子が発情とか言ったらダメ」


 凛が無表情で硬直している中、春香がマイペースに自分でビールを注ぎながら榎本に小突かれる。


「だって、天音君いつもホワホワしてるのに、高柳さんの首筋ガン見してるから。もしかしてうなじフェチ? 」

「違います。凛さんフェチですから」


 誰のでも良い訳じゃないとアピールすると、春香はふーんとうなずきながら榎本に視線を合わせた。


「榎本さんはおっぱいフェチですもんね」

「ブッ! 」


 榎本の視線が僕に向くから、僕は慌てて首を横に振る。

 確かにさっきそんな話はしたけれど、誰にも榎本がおっぱい魔人だとはばらしていない。


「そりゃ、見てればわかりますよ。榎本さん、いつもまず胸見てから顔見るじゃないですか」

「最低……」

「笹本、最低とか言わない! 」

「希美ちゃんとかは、胸しか見てないし」

「キャー、やだァッ! 榎本さんのエッチ! 」


 今まで係長にベタベタで、猛烈に係長に話しかけていた希美が、自分の名前が出たからか会話に入ってくる。


「榎本、セクハラか? 」

「違いますよ。係長だって女の子見る時は胸見ますよね? 」

「身体より顔だな」

「ウワッ、係長も最低。見た目オンリーですか」


 春香の軽蔑しきった口調に、係長はそう言う意味じゃないと弁解する。

 いつもはあまり話さない春香が、珍しく会話しているのは酔っぱらっているからか、眼鏡の中の目がすわっているようにも見えた。


「係長はキレイ目より可愛い系が好きなんですよね? ほら、奥様とか小さくて可愛い系でしょ?あ、でもスタイルはナイスボディーでしたね」


 希美は、自分の胸を係長の腕に押し付けてアピールする。


「いや、可愛い系って言うか地味系……」

「小出ちゃん! もう、飲み過ぎだから。ちょいクールダウンな」


 榎本がジュースを目の前に置くと、春香はジトッと榎本を見上げる。


「全然、これっぽっちも酔っていませんが? 」

「いや、いいよ。小出の言う通り、あいつは地味で可愛げないから」

「その言い方酷い。係長、恋愛結婚じゃないんですか? 」

「うちは見合い。ってか、上司から言われて断れなくてな。だから、恋愛感情とかは最初からないんだよ」


 凛と視線を合わせて言う係長は、わざとらしく結婚に疲れた感を出している。


「係長、可哀想! 私、癒してあげたい」

「あー、いや、気持ちだけありがとな。あ、俺、あっちの席に挨拶してくるわ」


 反対側から希美にギューギューしがみつかれ、さっきから希美に邪魔ばかりされて凛にアプローチできない係長は、飲みかけのグラスを持って立ち上がった。立ち上がる際に、何か凛の耳元で囁いたようだが、そのまま席を移動してしまった。宮内もグラスを持ってその後を追う。見事な腰巾着ぶりだった。


 それから、目の前では榎本と春香が推しがどうだ、筋肉がどうだとか訳がわからない話で盛り上がりだし、僕は凛の手をツンツンと突っついた。


「?」

「さっき……係長から何を言われたの? 」

「さっき? 」

「ほら、係長が席立つ時。何か凛さんに話したでしょ? 」


 凛は少し首を傾げ、眉を寄せた。


「あぁ、後で行くとかなんとか……。どこ行くのかしらね? 」


 それは、一人部屋だと思っている凛の部屋に夜這いに行くと言っているのだろう。

 凛が部屋を移動したことは、希美と春香、そして僕しか知らない。


「ふーん、よくわからないね」


 凛の部屋を移動しておいて良かったと心の中で思いながら、係長の思惑には気がつかないふりをする。

 そして横目で希美が今の会話を聞いていたことを確認した。


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