第34話 凛サイド~ 女子部屋

 せっかくみんなで社内旅行に来たんだから、一人部屋は寂しいよ……と天音に言われ、私は何故かここにいる。


 目の前には、若さ全開で露出狂なの? というくらい、足やら腕やら胸の谷間までさらしている希美と、湯上がりなのはわかるがこれから夕飯+宴会があるのにどスッピンのまま寝転がってスマホで漫画を読む春香。

 どう見てもマイペースな二人の新人は、私の乱入にも無頓着だ。

 部屋にお邪魔させてもらったのだから、せめて少しでも親睦を深められればと思うけれど、表情筋が死滅している私は笑顔を浮かべられる訳もなく、コミュニケーション能力も皆無だから私から会話を振ることもできない。


 そして広がる静寂。


 年長者の私が!! と思うのだけれど、私はただただ黙って正座してお茶をすすっていた。


 この二人、会社では比較的一緒に行動しているし、仲が良いと思っていたのだけれど、実はそうでもない?

 倦怠期の夫婦レベルにお互い無関心かもしれない。

 それとも、会話しなくても理解しあえるくらいの仲ってこと?


 家に天音がよく遊び(泊まり)にくるが、特に何も話さなくても気まずくないということに気がつく。

 一緒にゲームすることもあれば、お互いに違うことをしていることもある。話さなくても自然でいられる空気感を好ましいとすら、最近では思うようになっていた。


 そうか!

 この二人は私と天音のような関係なのね。(勘違いである)


「……二人は……会社に入る前からのお付き合いなのかしら? 」


 私にしたら、話しかけなきゃ! と思いつつなんとか紡ぎだした言葉だっただったのだが、二人にしたらいきなり脈絡もなく話しかけられたと思ったらしい。春香はモソモソと起き上がり、希美はメイクなおしをしていた手を止めた。


「そんな訳ないじゃないですか。希美ちゃんとは会社の入社式で隣だったのが最初です。たまたま同じ課に配属されて、で、なんとなく」


 なんとなく……一緒にいる?

 仲良しじゃないの?


「春香ちゃんひど~い! なんとなくはないじゃん。私は希美ちゃん大好きなのに~ッ」

「はいはい」


 男子にするようにプクッと頬を膨らませて、上目遣いで春香にプンプンと怒る。


 ある意味ぶれない。

 裏表なくこれなのかと、希美に対する認識を新たにする。


「高柳先輩って、中村係長の愛人だったんですよね? 」

「は? 」

「希美ちゃん、直球過ぎ! 」

「だって、ズルいじゃん。中村係長の愛人して美味しい思いしてるのに、天音君みたいな可愛い系男子にまで手を出して」

「愛人になった記憶はないわよ。天音君とは……きちんとお付き合いしているわ」


 お付き合いしましょうって話もしたし、週末はうちにもくるんだから、たとえ小説(TL)の恋人同士みたいに爛れた関係は一切なくても、この関係は恋人でいい……のよね?


「エエッ! ズルいです! 天音君みたいに可愛い系男子には、高柳さんみたいなクール系美人は似合わなくないですか? タイプが違い過ぎる」

「希美ちゃん、ツンデレ系美女とワンコ系男子なんてテッパンじゃない。ああ、でも天音君は見た目ワンコ系だけど中身は腹黒王子かな。まぁ、それもいけるか」

「小出さん? 」


 一人フムフムとうなづいている春香に、希美は大袈裟にため息をつく。


「春香ちゃんはもう少し三次元に興味もとうよ。あんな漫画なんか妄想だからね。現実にはないから」

「榎本さんと天音君の猛獣とワンコの組み合わせも萌えるんだけど」

「あり得な~い! 天音君は私みたいな可愛い系でしょ」

「可愛い×可愛いなんて面白くもなんともないわ」

「そんなことないもん! ビジュアル的には最高でしょ」

「萌えない」


 ばっさりとぶったぎる春香に、希美はプンプンと怒る。

 萌え……って、春香は何を私達に求めているんだろう? そして、希美は男子の前でだけぶりっ子かと思いきや、素でこれ? プンプンって言って怒る人、初めて見たかもしれない。


「春香ちゃんの萌えはいいわ。それで高柳さん、天音君と付き合いながら中村係長もとかじゃないんですね? 」

「ないない。最初から係長とは上司と部下以上のお付き合いはないから」

「……なるほど。天音君ってそんじょそこらのアイドルより可愛いし、ぜーったい私とお似合い、世紀のカップルになれると思ったのに~ッ。しょうがないから高柳さんに譲ります」


 世紀末のカップル?

 譲られたの? ……私。


 希美が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

 わからないけれど、天音にアタックするのを止めるということだろうか?


「と・こ・ろ・で、先輩! 」

「はい?! 」


 今まで、私には視線も合わせることのなかった(常に天音にロックオンだったから)希美が、ツケマばしばしの目を瞬かせて私ににじり寄った。


「中村係長の海外の別荘って、どこにあるか知ってます?! 」

「……さぁ? 前に聞いたような気もするけど……」


 外国土産だと、何年か前にチョコをもらったような記憶がある。

 個人にではなく、事務の女の子にまとめて一つだ。一人一粒で即終了した。


「ふーん、海外に別荘は本当なんですね。じゃあ、中村係長から貰ったプレゼントで一番高価だったものはなんですか? 」


 係長から貰った?

 飴とかガムなら貰ったことはあったけれど、気持ち悪かったから食べずに捨てた。


「……時計……かな? 」


 思い返しても、高価な物など貰った記憶はないし、もし万が一係長が私にくれようとしても、受け取らなかった自信はある。唯一これかな? と思うのは去年の忘年会で行われたビンゴの景品で、この時の景品のトップスリーは係長のポケットマネーから出した高級品という話だった。一番で上がった私が貰った時計は、多分千円くらいの目覚まし時計だとは思うものの、係長が払ったか額の中では最高級品の筈。

 貰ったというか当たった物なんだけど、それ以外に思い付く物がない。


「時計……(ローレックス? )」


 希美は、今まで天音に見せていたようなブリブリの笑顔を見せて、私の手をキュッと握った。


「私~、あんまり恋愛とかわからなくて~。最初は男男してない天音君みたいな子が安心なのかなって思ったんですけど、やっぱり優しく導いてくれる大人な男性の方がいいかなって。それに寂しそうな後ろ姿とか、キュンキュンするっていうか、哀愁がス・テ・キとか思ったりなんかして」

「……」


 いきなり何を言いたいのかわからない。


「それに高柳さん、天音君と付き合ってるなら、もっと回りにアピールしないと! 天音君狙いの女子多いんですから。飲みの席とかも隣キープです! 」

「ハァ……」

「係長の隣なんかにいちゃダメダメですよ」

「いたくている訳じゃ……」

「そうだ! 私、ちょっと秋本さん達のとこ行ってきます」


 秋本さんって、秋本薫子だろうか?

 飲み会の仕切り屋と言われていて、私を人身御供として係長に差し出している張本人だ。

 希美は何やらご機嫌に部屋を出ていった。


「高柳さん、中村係長と海外の別荘とか行きました? 」

「まさか! 」

「ブランド品のプレゼントとかは? 」

「そんなもの、いただいたことありません! 」

「時計って? 」

「ビンゴの景品を中村係長がポケットマネーから出しただけ。たまたまビンゴで一番にあがったから貰ったの、目覚まし時計」

「あぁ……」


 春香は、眼鏡をクイッと上げてややさめた顔つきをしている。

 私もあまり表情筋が動かない自覚はあるけど、彼女もなかなかクールだ。

 しかし、あぁと言っただけで、すぐにスマホに顔を戻してしまった。


 いったい何を聞かれたの?

 そして希美は何を考えているの?


 よく分からないまま時間が過ぎ、天音が呼びにくるまで気まずい思いでただ座っていた。








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