第32話 天音サイド~係長夫人
「ね、ね、びっくり!! 」
トイレに行ったにしては長い時間戻ってこなかった希美が、興奮したように頬を紅潮させて戻ってきた。
僕の洋服の裾をギュッと握り、上目遣いに天音を見つめる希美は、わざとらしく胸を二の腕で寄せている。パットがなおって何よりだ。
「もう、何してたのよ」
春香が追加の肉を切りながら希美にチラリと視線を向ける。
新入社員として、雑用は盛り沢山だ。希美がゆっくりとトイレでパットをなおしている間に、材料の下準備から、焼き係、酒の用意など、一・二年目の仕事だ。とりあえず一つのグリルコンロの前で凛と僕がひたすら肉を焼きまくり、春香はその後ろでブロック肉を切っていた。
希美が戻ってこない間、凛が手伝ってくれていたのに、希美は感謝もなくスルーしている。
「それがね、トイレ探して……」
希美の話しによると、一階のトイレの場所がわからず、二階に向かったらしい。そして、ゴージャスな別荘に初めて入った為にちょっと探検してみたくなり、部屋を見学していたら、足音がしたから咄嗟にウォークインクローゼットに隠れたのだが、足音が隠れた部屋に入ってきたから出るに出れなくなってしまったと言うのだ。
「有栖川さん、勝手に人の家を散策するのは……」
「だって、別荘なんて初めてきたんだもん。天音君だって見てみたいと思うでしょ? 」
凛に嗜められているというのに、全く反省した様子もなく、僕の腕をとり胸を押し付けてくる。
「希美ちゃん、火傷するから離れて。僕は別に別荘には興味ないけど」
ついでに君のオッパイにも興味はありません。
「えー、マジでェ? そこに入ってきた人達の話し聞いても興味ないかなぁ? 」
「何、中村係長夫人の浮気現場でも目撃した? 」
「春香ちゃん、先に話したら面白くない」
希美がプクッと頬を膨らませて可愛いアピールをするが、言っているのはデバガメだ。
そんな顔しても可愛いとは思わないけど。
「夫人、部屋に引きずりこんで、かなり激しくチューしてたよ」
係長はずっと庭にいたから、その相手は係長ではないのだろう。そして、希美と同じくらいこの場にいなかったのは……。
「宮内さんか」
「むぅ! だから先に言わないでってば」
「希美が戻ってくる前に別荘から出てきたのは宮内さんだけなんだから、言われなくてもわかる。ふーん、宮内さん年増巨乳がタイプなんだ」
「春香ちゃん、言い方」
「何々、何の話し? 年増巨乳って何? 」
榎本が肉にかぶりつきながらヒョコリと顔をだした。
「何でもないです。榎本君、盗み聞きはダメ。お肉おかわり? 」
「いや、おまえらずっと焼き係だから替わってやろうと思って。有栖川ちゃん、一緒に焼き係やろうぜ」
「私は天音君と……」
「おまえらはとりあえず食っとけ。ほいほい、あっちに座れるから。小出ちゃんはこの裏でいっか? 座れる? 食べれる? って肉切ってたのか。ほらあーん」
紙皿に焼けた肉や野菜を二人分盛り付けて、榎本は僕と凛を縁側に押しやり、何故か榎本は春香を餌付けし始める。
器用に肉を焼きながら、隙を見て春香の口に食べ物を突っ込む。春香も肉を切りながら、あまり抵抗がないのか餌付けされていた。
榎本は希美狙いの筈だけど?
僕的には、希美のアプローチがウザいから榎本が希美にガンガンアタックしてくれた方がいい。
僕は凛と縁側に座ってとりあえず肉を食べた。
すると、そこに宮内を引き連れた係長がやってきた。
「高柳、楽しんでるか? 」
「はい、係長の差し入れしてくださったお肉、美味しくいただいてます」
「ああ、あれはA5ランクの松阪牛だからな。タレより塩がうまい」
「はぁ、次は塩でいただいてみます」
すでにタレまみれの肉を見て、凛は淡々と答えていた。
それにしても、希美の話しが本当ならば、宮内は係長夫人と浮気の関係なんだろうに、普通の顔をして係長の後ろに金魚の糞よろしくついて歩けるとは、それなりに厚顔なんだなと感心してしまう。
「そういや、今年は珍しく保養所に泊まるんだな」
「そうですね」
「俺も今年は保養所に泊まることにした」
「は? 別荘に奥様を置いてですか? 」
「たまには部下と泊まりで親睦を深めようと思ってな」
「係長、さすがです! こんな立派な別荘があるのに、自分達と同じボロい保養所に泊まるなんて」
宮内が係長をヨイショする。
「保養所……ボロいんですか? 」
「さあ? 私も行くのは今回初めてだから」
「ボロいっす。去年泊まったけどヤバかった」
「おいおい、会社の施設だ。格安で泊まれんだから、文句言うな」
「まあ、四人部屋に二人で泊まれるから、広く使えますけどね」
そういえば、部屋割りが事前に回ってきていたが、僕は宮内と同室で凛は人数の関係か一人だった。
四人部屋なんだから、三人にすれば良かったのでは? と思ったけれど、気楽だからその方が良いとその時凛は言っていたが……。
何か作為的なものを感じ、係長を然り気無く観察すると、鼻の穴がピクピクしていた。
これは企んでる!
絶対夜這いする気だ!!
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