第31話 凛サイド~BBQ

 毎年恒例の営業・営業事務全課のBBQが今年も企画された。


 日帰りで帰りたい既婚者組と、はめを外して泊まりで騒ぎたい未婚者組の為に、都心からほどよい距離にあり、そこそこ自然を楽しめる、会社の保養所の近くの河原で行われるのが通例であった。しかしここ数年、中村係長の奥様のご実家の別荘が保養所の近くにあることから、その別荘の広い庭がBBQ会場になっていた。


「バス……出るんですね」

「そこそこ人数がいるから、毎年行きはバスなのよ。帰りは現地解散だけれどね」


 隣り合わせに座った座席で、すっかり遠足気分でお菓子を取り出した天音は、一つどうぞとキャラメルを凛の手のひらに落とした。


「天音君、チョコあげる」


 一つ前の席に座った希美が、立ち上がって座席の背もたれに胸を乗せるように伸び上がり、天音に向かってチョコを差し出した。口に入れるものを剥き出しにつまんで差し出す行為に、衛生的ではないなと思いつつ、こういう親しげな行動を自然とできる希美に、あざとさも感じた。


「今キャラメル食べてるから後でもらうよ」

「やだ、溶けちゃうから今食べて。ほら、手がチョコだらけになっちゃう。舐めて舐めて」


 舐める?!


 そんなことを言う希美にもドン引きだし、はたして天音がどんな切り返しをするのか……しないのか も気になった。


「はい、ウエットティッシュ」


 天音はチョコを手で受けとると、逆の手でウエットティッシュを希美に差し出した。

 希美はそれを受けとることなく、チロリと可愛らしい舌を出して、見せつけるように自分の指を舐め取る。


「ウフ、美味しい」

「希美、汚い。ちゃんと拭きなよ」


 希美の隣に座っていた春香が、横から天音の差し出したウエットティッシュを受け取ってごしごしと希美の指を拭いた。


「凛さん、美味しいって。これあげる」


 天音が私の口元に貰ったチョコを押し付け、思わず開けた口にチョコを入れた。

 確かにチョコは美味しかったが、天音の手にはチョコがついてしまっている。


「ほら、これ返すわ」


 春香からウエットティッシュを受けとると、天音は指を拭った。


「なんかこういうの、遠足みたいですね」


 遠足……天音達には数年前の記憶かもしれないが、私にしたら十年くらい前の記憶だ。しかも、友達のいなかった私には楽しい記憶はない。友達とお菓子をわけあったりなんか、幼稚園くらいの記憶が最後かもしれない。

 いや、あれも友達ではなかった。

 私を取り合う男の子達に、あれもこれもと押し付けられたお菓子だった。正直食べきれなくて、いらないと断ったら、「○○君のは食べたのに! 」って、凄く面倒くさいことになったっけ。あれから私は男性からの贈り物を全て拒絶するようになったんだった。


 あ、でも、今食べてしまったわね。


「そう……ね。あ、ほら係長の別荘が見えてきた」

「係長の奥様の! ですね」


 事実ではあるけれど、春香はなかなか手厳しい。

 バスは裏庭の横につけられ、みな荷物を分担して運び入れながらBBQ会場となる裏庭に直に入った。


「みなさん、いらっしゃい」

「係長、奥様、お邪魔します」


 先に別荘にきていた係長と、一緒にきていた奥さんの早希が裏庭に続くガラス戸を開けて出てきた。

 早希は、大きな胸が特徴の見た目は平凡な主婦だった。

 背も高く、見た目だけは華やかな係長の横に並ぶと、余計に地味さ加減が目立つ。

 係長の手は早希の肩に回っているが、わざとらしく夫婦仲をアピールしているように見えた。


「みなさん、お疲れになったでしょう? 冷たい飲み物が用意してありますから、まずは休憩なさってね。宮内君、運ぶの手伝ってくれるかしら? 信吾さん は火起こしの準備をなさって」


 係長の腰巾着の宮内は、早希にも使われ放題らしい。

 宮内はフットワークも軽く早希について別荘の中に上がり込んだ。火起こしを申しつかった係長は、立派なBBQグリルコンロの方へ歩いていき、他にも数人の火起こしの達人を自称する男性社員が数人後に続いた。


「あのコンロ、家族用じゃないですね」


 この人数をさばく為にか、業務用のようなグリルコンロが二つ用意されていた。


「専務もたまにお得意様招いてBBQパーティしてるみたいだから、必要経費なんでしょうね」


 早希と宮内が庭先に冷えたジュースを並べ始めたので、それを手伝いに近寄った。


「あ、後は私達が」

「そう? あら、この子達は新人さん? 」

「新入社員の笹本と有栖川と小出です。あと二人、今年の新入社員があっちで食材運びしてます」


 私が手近にいた三人を紹介すると、早希は天音のみをネットリと見つめた。


「まあ、そう。私は中村の家内の早希です。今年は可愛らしい子ばかりなのね」


 可愛らしい子ばかりと言いつつ、視線は天音の顔にロックオンしている。


「早希さん、さっき二階の電球替えてって言ってましたよね」


 宮内が何故か顔をひきつらせながら言うと、早希は天音から視線を外さないままうなづいた。


「そうね、お願いしたわね。どうせなら笹本君に頼もうかしら。新人さんだし」


 どうせなら……の意味がわからない。新人に雑用をということだろうか?


「笹本は小さいから届きませんよ」

「そうですね。僕は宮内さん程大きくないし無理だと思いますよ」


 明らかに身体的に貶められたというのに、天音はニコニコと肯定し、私にジュースを差し出してきた。


「凛さん、ジュースどうぞ」

「ありがと」

「まあ、高柳さんと仲がいいのね。名前呼びしてるなんて」

「お付き合いしてるので」


 天音がサラリと言うと、早希は一瞬目を丸くして「そう」とつぶやくと宮内と別荘の中に入って行った。


「なにあれ? オバサンのくせに天音君に色目使ってやな感じ」

「凄い胸だったね」

「胸だけじゃん。しかも垂れてるし。私の方がほら、ハリも弾力も勝ってる」


 天然なのか、わざとなのか、ホラホラと天音に胸を強調して見せる希美の胸を、さらに天然なのか春香がむんずとわしづかみにする。


「これは上げ底ってる」

「な……違うもん! 地だもん!」


 慌てながら否定する希美だったが、胸をしっかりと押さえて隠すようにするところを見ると、パットでもずれたのだろう。


 もとからある程度はあるんだろうから、そんなに盛る必要もないと思うのだが……。

 巨乳から爆乳にしたい意味がわからない。


 ちょっとトイレと勝手に別荘に入って行ってしまった希美はほっといて、春香と天音に指示をだしてBBQ準備をしている同僚達に飲み物を配ることにした。

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