第30話 天音サイド~ マッパの凛さん

「なんか、今日凛さん変ですよ」

「そう……かしら? 」


 相変わらずの無表情で感情が読みにくいのは平常運転ではあるけれど、ちょっとした眼の動きや、指の動きなど、動揺? 戸惑い……のようなものを感じだ。

 何か、話したいのを躊躇っているような。


 何を考えているのかわからないけれど、少し感情を揺さぶれば何かわかるかもしれないと、凛の髪の毛を軽くすいて耳に軽く触れた。


「スッピンの凛さん、可愛い。チューしたくなっちゃう」


 甘い声で囁くと、凛は食後にアイスティーを飲んでいた手をピタリととめてしまう。飲み込むことなく硬直している姿を見て、僕は甘さを引っ込めてアルカイックスマイルを浮かべた。


「やだなぁ、ホント可愛い」


 髪を一房とって、その髪にキスを落とす。


「凛さんって、凄くピュアですよね」

「ピュアって……もう二十七になったわ」

「年は関係ないですよ」

「お化粧してくるわ」

「凛さん、ご飯は? 」

「ふ……二日酔いでもういらない」


 凛はスックと立ち上がると、足早に寝室へ向かい、バタンッと扉を音をたてて閉めた。


「僕食べちゃいますよー」

「どうぞ! 」


 扉の向こうから声だけした。


 このくらいでワタワタしちゃうから、やっぱり手が出せない。出したらダメだよな。やっぱり、男として全く意識してないんだろうな。じゃなきゃ、目の前で潔く素っ裸にはならないよなぁ。

 ハァ~。


 ★★★


 昨日、電車で立ったままウトウトしていた凛を、駅からワンメーターだけれどタクシーに乗せて連れ帰った。


「凛さん、カギ! カギあさりますよ」


 凛を壁にもたれかからせて、凛のバックからマンションのカギを取り出し、オートロックを解除する。


「凛さん、もうちょいです。僕につかまって」


 身長は五センチくらいしか違わないだろうし、多分体重もそんなにかわらない?

 そんな僕には、凛を男らしくお嫁さん抱っこして運べるくらいの筋力はない。かろうじて、肩を貸して引きずるか、頑張っておんぶすれば……なんとかくらい。


 頼り無いのは承知だけれど、漫画みたいにかっこよくはいかないよ。

 エレベーターがあって本当に良かった。なんとか部屋の前まで連れてきて、さっきのカギの束から部屋のカギを取り出す。

 部屋に入り、自分の靴を脱ぎ凛の靴も脱がした。足首をつかんで脱がす時、その足首の細さについ興奮する。


「凛さ~ん、部屋につきましたよ~。ほら、もう一踏ん張りですから」


 凛をソファーに運ぶと、とりあえずスーツのジャケットを脱ぎネクタイを外す。

 もう、汗だくだ。酔いも全部飛んでいってしまった。


 筋トレするかなぁ。


 せめて、好きな女くらいはかっこよく運べるようになりたい。

 でも、筋肉つきにくい体質だし、なによりマッチョな身体は自分の顔には似合わない。


 僕は二の腕にグッと力を入れてみた。

 固くはなるし少しは盛り上がるけれど、コンモリ盛り上がるような筋肉はない。


 まぁ、別にベンチプレス100キロ上げる必要はないしな。持続して50キロくらい運べればいいだけだし、目指すは細マッチョかな。


 おいおい筋トレに精を出すとして、今は……。


 風呂場には凛の化粧落としがあるのは知っていたが、今はガッツリ洗顔させてあげれないし、凛の寝室に簡易の拭くだけ化粧落としがあるからそれを取りに行く。


 とりあえず上着だけはなんとか脱がし、クレンジングシートでおでこを拭き、眉を落とし、目元、鼻、頬っぺた、顎と拭いていく。

 ズボンは……ホックは外したものの、下ろすのは止めておいた。

 下着姿の凛なんか見てしまったら、大暴走しちゃうこと間違いないからだ。今までの我慢が無駄になる。


 その間も凛は全く目を開けることなく、緩やかな寝息をたてていた。ソファーに横にしただけで、眠りが深くなったようだ。


「凛さ~ん。起きないんですか?起きないとチューしちゃいますよ」


 もちろん返事はない。

 軽く触れるだけのキスを落とした。

 凛の唇はしっとりと吸い付くようで、ふっくらとした感触はダイレクトに僕の下半身に衝撃を与える。


「フ……ッ」


 無茶苦茶甘い!


 今までも、掠めるくらいのキスなら隙を見てしてきた。あくまでも警戒されないように、ごく自然に、挨拶めかしてだ。


 こんなにガッツリ唇を合わせたのは初めてだった。


 世界で一番美味しい!


 脳髄が痺れるようなその感触に、思わず何度も唇を押し付けてしまう。

 髪の毛を撫でながら下唇を啄む。

 舌で唇をつつくように舐めると、凛の唇がうっすらと開いた。

 深く舌を差し入れると、奥にムニッとした感触の凛の舌に触れる。

 からめるように舌を回すと、異物を感じた凛の舌も何かを味わうように動く。


「ファ……ッ」


 目を開けたまま凛の顔を見ていたが、凛の目はいまだに閉じたままだ。

 でも少し意識が浮上しているのか、僕の舌の動きに合わせて声が漏れだしている。


 もう、ヤバい!

 さすがに限界かも!!


 凛に気づかれる……のもそうだけれど、僕の理性がマックス振り切れそうだった。


 手が凛の身体へのびそうになるのを、なんとかギリギリのラインでストップさせる。

 肩や腕を撫で擦り、シャツの間から生のお腹を触る。

 唇から漏れるクチュクチュした音は、耳から僕を犯した。


 マジでダメだ!

 もう限界……。


 僕は最大限の理性を総動員させ、凛から身体を離す。

 最後にチュボッと音がさせて唇を離した。


 凛の唇にはすでに口紅はついておらず、涎でテカテカ光り、ポテッと赤く腫れていた。


 破壊力マックス……ッ!


 わざとごしごしとクレンジングシートで唇を拭い、凛に声をかける。


「凛さん! 化粧落としたから後は寝るだけ! ベッドに行こう」


 凛がウッスラ目を開け、ガバリと起き上がる。

 その勢いに驚き、思わずのけぞって尻もちをついてしまった。


「寝る! 」

「あ……うん」


 凛は立ち上がると、いきなりズボンをストンと落とした。

 シャツのボタンを迷いなく外して脱ぎ去ると、ポイと僕の上に放った。


「え……、えっ?」


 シャツの隙間から、凛がブラジャーを取り去り、ストッキングとショーツをいっきに引き下ろすのが見えた。


 ウワアッッッ!!!


 全裸の凛がクルッと向きを変え、寝室の方へスタスタと歩いて行く。

 ドアは開けっ放しで真っ暗な寝室に凛は消えた。


 僕は、ただ唖然と(腰抜けた)それを見守っていた。

 シャツが頭からかぶっていても、ほぼ全部見えていたし、しかも今回は前からだし、あまりの凛の神々しい姿(生身の人間には見えなかった。あれは宗教画レベルに尊かった)に、僕の時間は完全に止まっていた。


 しばらくして、ノロノロとシャツを頭からどかし、脱ぎ散らかされた残骸に目をやる。


 今までこれに凛の生オッパ……いや、ヤバい! 想像するだけでもヤバい!


 僕は脱ぎ散らかされた下着やシャツを丸めて脱衣所の洗濯籠に放り投げ、凛のスーツをハンガーにかけた。ついでに自分のスーツも脱いでハンガーにかける。

 シャツや靴下を洗濯籠へ入れ、脱衣所に常備している自分の部屋着に着替えた。


 ハンガーにかけたスーツを持って寝室へ行くと、凛はしっかり上掛けをかけてベッドで寝息をたてていた。

 スーツをクローゼットにかけ、僕は凛の顔を覗き込む。


 安定した寝息。

 爆睡だな。


 一瞬で深い眠りについたらしい凛は、腹が立つほど無防備で……。


 もう……ため息しか出てこない。


 僕はゴソゴソと布団を床に敷き、寝る準備をしてからちょこっとトイレにこもった。




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