第29話 凛サイド~恋愛価値観

 うっすら明るくなってきた頃、私は喉の渇きで目が覚めた。


 枕元の時計に目をやると、まだ午前の五時過ぎ。

 部屋の中は遮光カーテンの為に薄暗い。ベッドから足を下ろし、足元の感触に違和感を感じた。

 フローリングの筈の床が柔らかい。恐る恐る下を見ると、布団が敷かれており、天音が行儀よく上掛けをかぶって寝息をたてていた。


 ウワッ!


 私は定番の素っ裸。いや、天音が泊まる時だけは部屋着を着るようにしていた筈が、見下ろした自分は今は何も着ていない。


 思い出せ~ッ!!


 昨日は係長に飲みに誘われて、しょうがなく二人で飲んだ。といっても、二人の時は警戒してお酒は口にしなかったけれど、天音と榎本が乱入してきて、係長が帰ってからは安心して飲んだ。

 平日なのに、ちょっと、かなり飲み過ぎたかもしれない。


 だって、凄く嬉しかったんだもの。天音が来てくれたことも、三人で飲めたことも。

 二人共、私に対して構えることない自然体で接してくれるし、下心も全く感じない。

 そんな関係というのが初めてで、浮かれてしまったんだと思う。(見た目にはわからなかっただろうけど)


 多分、榎本と二人ではあの感じはでなかったと思う。いくら榎本が私をそういう目で見ないとしても、やっぱり身構えて溝を掘りまくってしまうだろうから。


 天音がいたからだ。

 時間をかけて、私を怯えさせることなく接してくれた彼の存在が、凄く大きい。


 しかし!


 だからって真っ裸で同じ部屋はまずいでしょ。

 電車に乗って、うとうとと眠くなって、つい天音の匂いが安定剤みたいになって……寝てしまったんだと思う。

 電車を下りた記憶はないけど、自分の部屋で寝ていたのだから、天音がどうにかして運んでくれたんだろう。

 そして私は……きっといつも通り洋服を脱ぎ捨て、下着も取り去り、寝てしまったんだと思う。今では、天音が泥酔した私を襲うような人間じゃないって知っているから。


 問題は、彼の目の前でスッポンポンになったか否か。


 思い出せない~ッ!!


 頭を抱えたくなりながら、私は喉の渇きを強く感じて、上掛けを身体に巻き付けてベッドから下りた。天音の様子を横目で見つつ、クローゼットから部屋着と下着を取り出す。

 私はそれを握りしめ、寝室をそっと抜け出した。


 ★★★


 軽くシャワーを浴び、部屋着を着込んでソファーに足を丸めて座りながら、氷を入れた炭酸水を一口飲んだ。


 少し頭がすっきりした。


 頭を占めるのは羞恥心と天音に対してばつが悪い気持ち。よい大人なのに、彼氏とはいえ四つも年下の子に迷惑をかけてしまい、あまつさえだらしのない姿を見せてしまった。


 それにしても、見たか見なかったは定かではないが、すでに二回も天音には素肌スッポンポンをさらしている。

 まだ付き合って数ヶ月だし、お互いに好き合って始めたお付き合いではないにしろ、天音は私の裸を見ても何とも思わないのだろうか?

 いや、思わないから何もしてこないのだろう。


 それは女子としてどうなんだろう? と思わなくもない。TL小説は好きだけれど、あんなのは小説や漫画の世界のお話だと思っているし、実際の恋愛でそんなに早く身体の関係になんかなる訳がない。


 キスまで半年から一年、さらに上級者の触れあいはもっと先、身体を許すのは結婚を意識した時……くらいに思っていた。友達がいなかった私は、友達と恋ばななんかしたことなかったし、一般の恋愛速度がわかっていなかった。


 天音とは付き合ってすぐにキスまではしてしまったけれど、天音が仕掛けてくるキスは、親しい外人の挨拶みたいな軽いノリだし、あれは恋人同士の触れあいではないのだろう。


 まぁ……挨拶でキスできちゃうのか?! って、胃の上辺りがズキッとしなくもないけれど、誰とでも距離の近い天音だからしょうのないこと。そう思い込もうとしていた。


 しばらくそんなことを考えていたら、天まだ眠そうなトロンとした眼をした天音がやってきた。


「凛さん、早いですね」

「天音君、起こしちゃった? 」

「いえ、喉渇いたから」

「お水? ウーロン茶? 炭酸水?」

「水で」


 私は立ち上がって天音の為にミネラルウォーターをグラスに注ぎ、その中に氷を三つ落とした。


「ありがとうございます」


 天音は私のことを後ろからハグすると、首筋にチュッとキスをした。


 こういうところ!


 凄く自然で、挨拶的な態度で際どいことをサラリとやってしまう。ドキドキしながら同時にムッとしてしまう。


「シャワー借ります」


 天音が水をゴクゴク勢いよく飲むと、喉仏がそれに合わせて動く。可愛らしい女の子のような見た目の天音の男らしい部位。


「どうぞ。まだ早いから、お風呂ためて入っても大丈夫よ」

「サッパリしたいだけだから大丈夫。じゃ、借りますね」


 すでに勝手知ったる私のマンション。天音は迷うことのない足取りで風呂場へ入っていった。


「さてと……」


 天音がお風呂に入っている間に朝食でも作ってしまおうと、私はキッチンに立った。

 朝はパン。

 おかずは定番の目玉焼きにベーコン。私はこれをパンにのせて食べるのが大好きだ。

 甘めのアイスティーを作り、ローテーブルに運ぶ。

 用意が終わったら、天音が風呂から出て来て、二人並んで座っていただきますを言う。


「昨日はありがとう。アンドごめんなさい」


 親しき仲にも礼儀あり。

 私は重くならないように気を付けながらお礼を言う。

 本当は、家に帰ってからの自分の言動を聞きたい。かなりダメージ受けそうだったけれど、知らないよりは知っていた方がマシだと思ったから。


 でも、実際は聞くのが怖い。

 自分の醜態を知るのが怖い……だけではないようだ。


 顔は整っていると自分でも思う。これは私の努力とか関係ない遺伝子レベルのラッキーだから、そんなに自慢できることじゃない。

 身体だって同様だ。

 食べても太らない体質だし、スラリと長い手足に華奢なウエスト、そのわりに豊かなバストや張りがあり上向きなヒップ。完璧なプロポーションは、嫌でも男を引き寄せた。


 男にとっては最上のご馳走らしいこの顔と身体。

 あの状態では襲われてても文句は言えない。言えない筈なのに……無傷だ。


 天音には私はどう映っているんだろう?

 タイプじゃない?

 だから手を出さないんだろうか?


 いや、出されてもまだ何の覚悟もできてないし、結婚も新社会人の天音には早すぎるから有り得ないんだけれど、あぁまで普通に接されると、何故かショックなのである。


「二日酔い? 」

「ううん、大丈夫」

「ほら、トースト冷めちゃう」

「ああ、うん……」


 手付かずだった朝食に手をつけ、朝も早くからご機嫌そうな天音をチラ見する。


 恋愛になる前から身体の関係を求めてくる男が多い中、天音は私と同じ価値観を持ってくれているんだろうか?

 それとも、ただたんに私にだけそういう感情をもたないの?


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