第10話 天音サイド~会社の昼休憩

 凛の恋人になってから二週間が過ぎた。

 毎日自分からラインし、凛からは挨拶程度の返事がくるだけ。既読無視されないだけよしとしている。

 会社でも話しかけようするんだけど、他の女子社員につきまとわれたり、仕事で先輩について外回りが増えたりとかで、凛に近寄ることもままならなかった。


「天音君、お昼一緒しようよ。お弁当多めに作ってきたんだ」


 昼休憩に外から戻ってくると、すでにフロアには半分くらいしか社員が残っておらず、同期の女子二人がお弁当を広げながら僕に手を振ってきた。

 有栖川希美ありすがわのぞみ小出春香こいではるかだ。希美は小柄で童顔なわりに、出るところはしっかり出ていて、どちらかというとあざとく可愛いこぶって女を武器にするようなタイプ。春香はスラッと背が高く、おとなしめ……なのか、無口で感情がわかりづらい。多分だけど、何事においても無関心なんじゃないかと思う。無表情といえば凛もだけれど、基本スタンスが違う。感情が表情に出にくい無表情と、無関心からくる無表情。僕からしたら、凛の方がずっと取っつきやすい。


「へぇ、美味しそうだね」

「フフ、美味しいよ。うち、実家は食堂やってるから。うち秘伝の唐揚げのレシピだからね。冷めてもいけるんだ。はい、アーン」


 希美が唐揚げを箸で摘まみ、僕の口元へ持ってくる。上目遣いで口を半開きにし、一般男子目線ではエロ可愛いと識別されるだろう表情で、さりげなく胸まで強調するように脇を締めてだ。

 普通の男子なら、まずこの表情に鼻の下をのばすだろうし、さらにシャツのボタンがはち切れそうになっている胸元に股関をざわつかせることだろう。


「うん、美味しいね」


 僕は戸惑うことなくパクリと唐揚げを頬張ると、特に胸元に視線をさ迷わせることなく、ごく自然に咀嚼して笑みを浮かべる。わざと色を漂わせず、純真なふりをすることも忘れない。


「でしょ、でしょ。もっと食べて。お握りもあるの」

「でも、そうしたら希美ちゃんのお昼がなくなっちゃうよ。僕は社食行くし、大丈夫だよ」

「みんなで食べようと思って、本当にいっぱい作ってきたから。はい、アーン。だし巻き玉子も自信作なの」


 童顔で何も知りませんみたいな顔で実は肉食系女子の希美は、入社してから僕をロックオンしている女子の一人だ。「天音君可愛い!女の子みたい」と言いつつハグしてきたり、胸を押し付けるように腕を組んできたりと、かなりあざとくアピールされてきたけど、今日は胃袋をつかみにきたらしい。


「アハ、希美ちゃん、本当に料理上手だね。彼氏とか自慢してそう」

「やん、彼氏なんかいないよ。絶賛募集中でーす」

「希美ちゃんならすぐできるんじゃないかな。先輩達も希美ちゃん可愛いって話してたよ」

「うっそだぁー」

「マジだって。榎本さんとか、飲みに誘いたいって言ってたし」

「やーん。榎本さんって、男の人って感じで怖ーい。天音君とだったら二人で飲みに行ったりできるけど、他の人は怖くて無理~」


 可愛い子アピールをして、甘ったるく喋る希美を無視して、春香はすでに自分の弁当を食べ終わったらしく、すでに机の上を片付けて立ち上がった。


「歯磨いてくるわ」

「えー、春香ちゃん食べるの早いー。私まだ一口しか食べてないのに」

「お先に」


 シレッと席を離れる春香に、希美はわざとらしく頬を膨らませて見せ、僕の袖を引っ張った。


「ね、天音君、一緒食べて。春香ちゃんが行っちゃったら、ボッチでお昼食べてるみたいになっちゃう。一人じゃ食べきれないし」


 ここで座って希美の弁当を食べてしまうと、明日には希美とカップル説が流れちゃいそうだし、数人でならまだしも二人っきりは遠慮したい。

 誰かいないか辺りを見回すと、ちょうど四年先輩の榎本晋也えのもとしんやがやってきた。榎本は凛の同期で、良く言えばワイルド系(悪く言えばゴリラ系)だ。


「榎本さーん、希美ちゃんがお昼いっぱい作ったんですって。一緒に食べません? 」

「おー、マジか?! うまそうじゃん」


 希美はあからさまに「ゲッ!」という顔をしたが、すぐに取り繕ってお弁当をすすめる。


「そうだ、榎本さんて高柳さんと同期ですよね」

「だな」

「高柳さんって、係長とできてるって本当ですかー? 」


 希美がいきなり凛の話題を榎本に振ってきた。


「高柳が? ないない。あいつ、あんだけキレイな顔してるけどかなりな男嫌いみたいだぞ」

「えー?! そうなんですか? 高柳さんなら、男子選び放題だと思うのに」

「ハハ、瞬殺でふられるらしいぜ。ほら、国際部の上條、無茶苦茶イケメンの。あいつも見向きもされなかったってさ」

「もったいなーい! 」

「有栖川ちゃんって、あんなのがタイプなん? 」

「えー? 私は、どっちかというとカッコいい系より可愛い系がいいかな。男臭いのもあんまり……」

「凛さんって、係長と噂があるの? 」


 何気に僕をチラチラ見ながらアピールするの止めて欲しいなと思いつつ、係長との噂とやらが気になった。


「凛さん……って、いくら天音君がなつっこくても高柳さんを名前呼びはまずいんじゃない」

「本人に了解得てるし。で、係長との噂って? 」

「天音君って、高柳とも親しくなれるんだ。対人スキル半端ねぇな」

「対人スキルっていうか……」


 実は恋人になったとか言っていいものだろうか?

 いや、お互いに恋人アピールする為に付き合った訳だし、いいんだよな? いや、一応ちゃんと確認してからにするべきかな?


「高柳さんって、いつも飲み会だと係長の横キープなんですって。先輩達に、係長の横は高柳さん席だからダメって言われたし」

「あれは高柳がっていうより、人身御供的なもんだろ。男が横に座るとすげえ機嫌悪くなるし、キレイどころつけとけば間違いない的な」

「でも仕事でも係長高柳さん贔屓じゃないですか。愛人してるって噂だってあるくらいですよ」


 希美はあくまでも係長と凛をくっつけたいのだろうか?


 ふと視線を感じて振り返ると、昼食を食べ終えたのか、凛がフロアに戻ってきたらしかった。


「あ、凛さん。じゃ、希美ちゃんご馳走さま」

「ちょっと、天音君?! 」


 希美と榎本を放置して、僕は凛の元に走り寄った。


「凛さん、お昼食べちゃったんですか? 僕まだなんですよ。社食に付き合ってもらえません? お茶とケーキおごりますから。話しあるんですよ」


 無表情で僕を見る凛は、何か考えているのか、しばらく考えるように黙っていた。

 もしかして、職場で話しかけるな的なことだろうか?

 いや、でもそれだとお互いに異性避けとして付き合おう(建前)というのに反しているような……。


「駄目ですか? 」


 あざといと言われようと、わざと悲しいですというようにへにゃりと顔を歪めて見せると、凛はそんな僕の顔をしっかりと見て了解してくれた。


「いいけど……。お茶もケーキもいらないわ。おなかはいっぱいなの」

「じゃ行きましょ」


 僕がスルリと凛の腕を取ると、凛が涼やかな視線を向けて、やんわりと僕の腕を外した。


「会社でこういうのはどうかと思うわ」

「じゃ、外ならいいんですね? 」

「……」


 肯定も拒否もされなかったから、仕事以外ならOKと受け取っておく。


 早くこのキレイな人と恋人繋ぎして歩きたいな。

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